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雨の日 第8話【おしまい】
二人共ずぶ濡れになったので、住居の方に彼を招いた。
なんとか彼に合うサイズの服を引っ張り出して着替えてもらう。
「ケガはしてないんですか?」
「見ますか?」
彼がやけにケガを気にしていたので、裾を捲って膝をみてもらった。
「軽い打ち身と擦り傷だけっぽいですね」
「だから大丈夫だって言ったじゃないですか……」
「すみません」
彼がしょんぼりと項垂れた。
その姿を見て、慌ててお礼を言う。
「いえ、こちらこそ助けていただいたのにお礼も言わずにすみません!!本当にありがとうございました。でも、どうして……」
助けて貰ったくせに非難するような言い方をしてしまった……気を悪くしてしまっただろうか……
わたしはどうしてこんな言い方しかできないのだろう……
彼を前にするとなぜか心が乱されて、余裕がなくなってしまう。
それにしても、なぜ彼があそこにいたのだろうか。
かなり離れていたはずなのに……
「さっきは……名前を呼ばれたような気がして……それで振り返ったら倒れているあなたが見えたので……気づけて良かったです。でもなんであんなところに?」
「え……あの……村雨さんが見えたので……」
あの暴風雨の中、声が届いていた……
それだけでなぜか胸がいっぱいになった。
「俺ですか?」
「あの……先日のことを謝りたくて……だけど、名前しか知らないし、あれから村雨さんはお店に来てくれないし、どうしようかと思ってたらちょうど見かけたので居ても立っても居られなくなって……」
彼が手を前に出して春海の言葉を遮った。
「ちょっと待ってください、謝るのは俺の方ですよ!?あの時、その……キスをしたのは俺からだし……」
確かに、最初にキスをしてきたのは彼からだが……
彼が来なくなって、毎日ずっと彼のことを考えていた。
自分の気持ちについて考えていた。
そして気がついた。
キスをされて嫌だと感じなかったのは、春海も彼にキスをしたいと思っていたからだと。
雨の日にしか来ない客。
たくさんいる客のひとりでしかないはずなのに、なぜか気になっていた。
いつしか雨が降るのを心待ちにしていた。
彼がドアベルを鳴らして入ってくると心が弾んで嬉しかった。
「わたしはずっと前から村雨さんに好意を抱いていたのだと思います。あの時、村雨さんに触れられて嬉しかった。わたしのそんな想いが、知らず知らずのうちに村雨さんを誘うような仕草として出てしまったのかと……だから、あのキスはわたしのせいです。村雨さんのせいじゃないので……気にしないでください」
誰かに……こんなに率直に自分の想いを伝えるのは久しぶりで、声が震えた。
キスをするように仕向けたのは、たぶんわたしなんだ。
彼がキスをするつもりじゃなかったのは、あの時の「ごめん」という呟きと表情が物語っていた。
「わかりました」
「良かった、それをずっと伝えたく……て……ぇ?」
首にかけていたタオルをグイっと引っ張られたかと思うと、口唇が重なっていた。
驚いて固まった春海の顔に彼の前髪から雫がポタリと垂れて流れていった。
「これは、俺がしたいと思ったからしました」
彼は口唇を離し、ハッキリとそう言うと、春海の顔に落ちた雫をタオルで優しく拭き取った。
「え、あの……」
「俺はあなたのことが好きです。だからあの時キスをした。実は俺も男を好きになったのは初めてだから、自分の感情がよくわからなかったんですけど……きっと俺もずっと前からあなたに恋をしていた。あなたに逢いたくてここに来ていたんです。だけど、無理やりキスをしてしまったので、あなたに嫌われてしまったのではないかと思って……」
あの時のような、後悔と罪悪感の入り混じった表情はもうなかった。
春海と同じように、彼も真っ直ぐに気持ちを伝えてくれている。
村雨さんがわたしに恋……?
頭がふわふわして、考えがまとまらない。
顔が赤くなったのを隠すように少し俯いた。
「嫌いになんか……」
彼は春海の頭をポンポンと撫でると、少し照れくさそうに笑った。
「そうだったみたいですね、安心しました……じゃあ、改めて――……」
***
彼が来るのは雨の日だけ。
だから雨の日が待ち遠しかった。
でも今は……もう雨の日に想いを馳せることはない。
「律、俺今日も外回りだから、昼頃一回帰って来るよ」
「じゃあ、お昼ご飯はうちで食べますか?」
「そのつもり。じゃあ、行ってきます」
「行ってらっしゃい!」
カフェ『レインドロップ』は春海と彼の家。
彼は雨の日も晴れの日も毎日ここに帰ってくる。
コーヒーの香りと春海の待つカフェに――……
おしまい
***あとがきみたいな何か***
ここまで読んでくださってありがとうございます。
梅雨の長雨で鬱々としている時にちょこちょこ書いていたものを繋げて一つの話にしてみました。
こちらに投稿するのは初めてで、まだ勝手がよくわからないので、読みづらいところやおかしなところがあったらすみません。
低気圧の影響を受けやすく体調を崩しやすい私は、雨はあんまり好きじゃなかったのですが、このお話を書いていると少し雨もいいもんだなと思えてきたりしました。
ちなみに、私はコーヒーの香りは好きですがコーヒー牛乳しか飲めません。
このレイニーデイは春海目線でのお話です。
村雨の詳細設定も無駄にできているので、また村雨目線のお話も書けたらいいなと思います。
最後までお付き合いありがとうございました!
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