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第5話
「……あ……」
耳の付け根に軽いキスが降ってくる。うなじを這う唇が、また、とんでもないことを言う。
「上に、乗って」
「……え……?」
「自分から」
服を着たままの黒沢が、ベッドに仰向けになった。また、視線が絡み合う。耐えられない。桐島は黒沢の腰に跨がると、黒沢自身を支えながら、ゆっくりと腰を下ろしていった。
「……う……ん……」
熱く、硬いそれを飲み込みながら、桐島は目を閉じた。目を閉じてしまうと、その時の行為に深く没頭してしまうので、あまり好きではなかったのだが、黒沢と視線を合わせるぐらいならこの方がいくらかマシだった。
「っあ……あ」
たいして時間をかけずに、桐島は黒沢を飲み込んだ。背骨が、きしむように痛んだ。
「動いて」
「……はい……」
「目を開けて。俺を見ろ」
「……あ……」
乱れた前髪の隙間から、目を細めながら黒沢を見る。苦しいふりをして、時々、瞼を閉じてみる。反則でも何でもいい。自分から、腰を、全身を蠢かせる。不意に、黒沢が起き上がった。驚いて、桐島は動きを止めてしまった。
「何……か……」
間近に見る黒沢の瞳は黒々と光り、とても綺麗だ。窺うように息を潜めた桐島に、また言う。
「向こうを向いて。……このままで」
「え……」
混乱しながらも、桐島は黒沢を身体に受け入れたままで、そろそろと身体の向きを変えた。両手を少しずつずらしながら、顔を上げると、桐島は指を唇に当てた。
「……や……」
目の前には、鏡があった。二人の痴態を余すところなく、映し出している。背を起こすと、黒沢の胸に抱き込まれた。開いた足は、黒沢が膝を立て、広げるほどに、閉じることを阻まれてあられもないほどにその部分を露にした。息詰まる姿態に、桐島は身をすくませた。
「……んっ……」
「シャツを脱いで……」
「あっ……」
腕から引き抜かれて、桐島は全裸になった。黒沢はネクタイを緩めただけで、肌を晒そうとはしなかった。胸に、首筋に苦しいほどに指が食い込んでくる。内部に感じる黒沢自身も、まるで凶器のように桐島を息苦しくさせた。
「は……っ……あ……っ!」
黒沢の動きが、激しくなる。深く呑み込んでいる部分が、熱い。揺らされる度に、目の前が霞む。のけ反った喉に、黒沢の舌が這う。乱れる髪、目に染みる汗。黒沢の膝に爪を立てそうになるのを、やっとの思いで堪えていた。
――こんなに……まだ……好き。
桐島は高められていく身体を、心を今更ながらに確認する。誰と寝ても、こんなふうに熱くなることはなかった。忘れたことなどない。あれから六年たった今でも、黒沢のことしか考えられない自分を哀れんだ。決して、逢うことはないと思っていたのに。今、誰よりも近くにいて、自分を抱いている。幸せだ、と思う。そして別れを思うと、また今までの孤独よりも何倍にもなる痛みに、桐島は泣いた。
「……っ……あ……んっ……!」
首筋にかかる黒沢の呼吸も、少し弾んでいる。耳元に囁かれる言葉。桐島は夢のようにその言葉を聞いた。
「……いいか……?」
「……ん……い……いい……っ」
「痛むだろう……?」
「…………?」
桐島は瞼を少し開いた。振り返ろうとしたが、鏡の方を無理矢理向かされた。
「どうして……こんな抱き方をされるのか……わかるな?」
「え……あ、あ……っ」
「おまえには、わかるだろう……?」
桐島は息を飲んだ。いったい、何を黒沢は言っているのだろう。そう思った瞬間、桐島は急激に自身が高まるのを感じた。
「……敦司」
「…………!」
黒沢の口から漏れた名は、紛れもない、自分の……。
「あっ、あ、あ! ……や……ああっ……!」
逃れようと目茶苦茶に身体を捩ったのが、かえって、互いを極みへと押し上げる結果となった。
「敦司……!」
「や……ああ……っ!……黒沢……っ! ああ!」
がくん、と桐島が前へ倒れそうになるのを、黒沢の逞しい両腕が引き止めて、胸へともたれさせた。呼吸が数秒、止まる。それから、胸に染みるほどに乾いた空気を吸い込んでみた。背後の黒沢の胸も、かなり弾んでいる。桐島の目から、涙が零れ落ちた。次から次へと込み上げてくる熱い痛みに、微かな嗚咽が漏れた。
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