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第65話 白いスーツはウエディングドレス
「今朝、実家に帰ったら叔父夫婦が来ていて、今日見合いの席を設けてあるからってご丁寧にこの黒のスーツまで用意してあって。……俺が全く見合い話に応じないもんだから親父を言いくるめて強硬手段に出やがった。だからそっちがその気なら俺の方も既成事実を見せてやるだけだって思って」
車を走らせながら社長が説明してくれる。
「……それは……逆効果、なのではないですか。和希さんの叔父さんは和希さんを真面な道に戻すんだって、もっとお見合い話を持って来ますよ、きっと」
胸に新たな不安がよぎるけど。
「何回持って来たって、俺には咲がいるって断るし、それでも聞かなきゃまたおまえを連れて見合いの席に来てやるさ」
社長はきっぱりと言い切る。
「……和希さん……」
こんな無茶なやり方を何回もされたら、俺のメンタルが持たないと思いつつも心は甘くときめく。
「それより、咲」
「……なんですか?」
「おまえ、見合いの席を見て、俺のこと疑っただろ? 俺がおまえに別れを切り出すつもりだって思ったんじゃないか?」
「…………」
確かに一瞬そう思った。
落ち着いて考えてみればそんなことありえないのに。
健志郎さんの言葉と紫のアジサイの花は思いのほか深く俺の心を縛り付けていたようだ。
「すいません、和希さん」
「いいよ……帰ったら、おまえの体でたっぷり謝ってもらうから」
「えっ……?」
赤くなった俺につられるように、信号も赤くなり、停車させた車の中で社長が俺の耳元で囁く。
「似合ってるよ、咲。その白のスーツ、ウエディングドレスみたいで」
「か、和希さん、何を言って……」
「そういう意味を込めて、白のスーツ着て来て貰ったんだけど。俺たちお似合いの夫婦だと思う」
そんな恥ずかしいセリフを堂々と言ってのけ、社長は俺の唇にキスをくれた。
(了)
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