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【ウラタロス】
「RRRRR‥‥」
突然、無機質な携帯音が部屋中に響き渡る。
「ん‥‥」
半分夢の中に居たのを無理矢理現実世界へと引き戻され、やや不機嫌にベッドから身を剥がすと、枕元の目覚まし時計へと手を伸ばす。
「‥‥もぅ2時なんですけど‥‥」
携帯の液晶画面を見ずとも、電話の相手に予測は付いていた。
見えない相手に向かって小さな愚痴を零 す。
裸のままのろのろと起き上がり小さなガラステーブルまで行くと、置きっ放しにしてある折り畳み式の携帯を開く。
そこには思った通りの名前が表示されていた。
鳴り止まない着信音が彼の代弁で「早く出やがれ!!」と言っている様だ。
こんな時間に電話を掛けて来るのが“当たり前”のアイツ。
それに自分が出るのが“当たり前”だと、信じて疑わないアイツ。
居留守を使えば良いのかもしれない。
電源を切ってしまえば良いのかもしれない。
でも僕は、彼の“当たり前”で居る事に心地良さを感じ、嬉しささえ感じているのだから始末に負えない。
通話ボタンを押し『もしもし』と言う前に
「遅ぇ!!!!」
と、罵声を浴びる。
「『遅ぇ』じゃないでしょ~。今何時だと思ってるんでスか」
毎回同じ事を言ってる気もするが、学習しない彼が学ぶまで、根気よく言い続けるしかないとも思っている。
「あ!?時間なんか関係無ぇだろ。俺が電話したい時が俺のタイミングなの。」
こんな彼が学べるかどうかは、怪しいモンだが。
「で、どうしたんです?モモタロス先輩?」
「あぁ、ソレなんだけどよ。明日の会議‥‥って、もぅ今日か。
その会議に使う資料、会社に忘れて来ちまってよ。俺、明日は出社前に別件で他社でも会議が入ってて、午後からの会議にもギリギリの出社になりそうなんだわ」
そこまで言われれば、長い付き合いの勘でその先は分かる。
「で、午後の会議までにその資料を纏 めておけば良いんですね?」
「さっすがウラちゃん♪そういう勘の鋭い所、大好きよ♪」
途端に機嫌が良くなる所も、単純で解り易い。
「そういうセリフは、是非ベッドの中で言わせたいもんだ」
わざと聞こえない様に小声で呟く。
「んぁ?なんか言ったか?」
「いえ、なんでもないですよ。今日は明日の資料作りでこんな時間まで残ってたんでしょ?明日も早いんだろうから、もぅ休んで下さい。ちゃんと寝ないといつか倒れますよ?」
冗談抜きにしても、最近ウチの会社のキツさに付いて行けず、辞める人間が続出してるのは確かだ。
そのせいで先輩クラスの人間がほぼ毎日残業しているのも事実で、だからこそ余計に心配だった。
「平気だっつの!俺様は体だけは頑丈なんだから」
本気で心配してるのに笑い飛ばされる。
アンタのそういう所がほっとけないんだよ。全く、罪な人だ‥‥
心の中で呟きながら
「じゃぁ本当に休んで下さい。資料は午前中には先輩の机の上に上げておきますから。
それと、ちゃんとご飯食べてから寝るんですよ!?」
まるで彼女の様な言い方をする僕に
「はいよ。全く、お前は“お母さん”か!」
とか突っ込みを入れながら
「ん~~~。まぁ、いつもこんな時間にゴメンな。心配してくれてありがとな。
悪りぃけど明日頼むわ。おやすみ。」
とだけ言い残して電話を切る。
「おやすみなさい‥」
すでに切られた受話器に向かって、小声で囁き、携帯を畳んだ。
「全く。いっつも身勝手なんだから!」
少しフテクサレながら再びベッドに潜り込むと、眠っていたはずのキンちゃんの手が僕のほうに伸び、ゆったりと抱き寄せた。
「なんや?また会社からか?」
半分夢の中に居るのか、目を閉じながらモゴモゴ話す。
「ん。明日の会議資料纏めとけって」
それだけ話すと自らも擦り寄り、背中に腕を回し抱き付く。
ほんの少し離れてただけなのに、キンちゃんの肌の温さで自分の体が冷えていた事を知る。
「体、冷たいな」
キンちゃんもその事に気付き、僕の全身を包み込む様に抱き寄せ、額に、瞼に、キスをくれた。
身も心も温かい彼。優しくて居心地の良い彼。僕を何よりも大切にしてくれる彼。
こんなに想われて幸せなハズなのに、モモ先輩を忘れる事も諦める事も出来ず、体の内側のド真ん中にいつまでも燻 る想いを抱き続ける僕は、実は相当な悪魔なのかもしれない。
再びキンちゃんの腕の中へ身を沈めながら、そんな事ばかりを考えていた‥‥‥‥
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