1 / 15

【ウラタロス】

「RRRRR‥‥」 突然、無機質な携帯音が部屋中に響き渡る。 「ん‥‥」 半分夢の中に居たのを無理矢理現実世界へと引き戻され、やや不機嫌にベッドから身を剥がすと、枕元の目覚まし時計へと手を伸ばす。 「‥‥もぅ2時なんですけど‥‥」 携帯の液晶画面を見ずとも、電話の相手に予測は付いていた。 見えない相手に向かって小さな愚痴を(こぼ)す。 裸のままのろのろと起き上がり小さなガラステーブルまで行くと、置きっ放しにしてある折り畳み式の携帯を開く。 そこには思った通りの名前が表示されていた。 鳴り止まない着信音が彼の代弁で「早く出やがれ!!」と言っている様だ。 こんな時間に電話を掛けて来るのが“当たり前”のアイツ。 それに自分が出るのが“当たり前”だと、信じて疑わないアイツ。 居留守を使えば良いのかもしれない。 電源を切ってしまえば良いのかもしれない。 でも僕は、彼の“当たり前”で居る事に心地良さを感じ、嬉しささえ感じているのだから始末に負えない。 通話ボタンを押し『もしもし』と言う前に 「遅ぇ!!!!」 と、罵声を浴びる。 「『遅ぇ』じゃないでしょ~。今何時だと思ってるんでスか」 毎回同じ事を言ってる気もするが、学習しない彼が学ぶまで、根気よく言い続けるしかないとも思っている。 「あ!?時間なんか関係無ぇだろ。俺が電話したい時が俺のタイミングなの。」 こんな彼が学べるかどうかは、怪しいモンだが。 「で、どうしたんです?モモタロス先輩?」 「あぁ、ソレなんだけどよ。明日の会議‥‥って、もぅ今日か。 その会議に使う資料、会社に忘れて来ちまってよ。俺、明日は出社前に別件で他社でも会議が入ってて、午後からの会議にもギリギリの出社になりそうなんだわ」 そこまで言われれば、長い付き合いの勘でその先は分かる。 「で、午後の会議までにその資料を(まと)めておけば良いんですね?」 「さっすがウラちゃん♪そういう勘の鋭い所、大好きよ♪」 途端に機嫌が良くなる所も、単純で解り易い。 「そういうセリフは、是非ベッドの中で言わせたいもんだ」 わざと聞こえない様に小声で呟く。 「んぁ?なんか言ったか?」 「いえ、なんでもないですよ。今日は明日の資料作りでこんな時間まで残ってたんでしょ?明日も早いんだろうから、もぅ休んで下さい。ちゃんと寝ないといつか倒れますよ?」 冗談抜きにしても、最近ウチの会社のキツさに付いて行けず、辞める人間が続出してるのは確かだ。 そのせいで先輩クラスの人間がほぼ毎日残業しているのも事実で、だからこそ余計に心配だった。 「平気だっつの!俺様は体だけは頑丈なんだから」 本気で心配してるのに笑い飛ばされる。 アンタのそういう所がほっとけないんだよ。全く、罪な人だ‥‥ 心の中で呟きながら 「じゃぁ本当に休んで下さい。資料は午前中には先輩の机の上に上げておきますから。 それと、ちゃんとご飯食べてから寝るんですよ!?」 まるで彼女の様な言い方をする僕に 「はいよ。全く、お前は“お母さん”か!」 とか突っ込みを入れながら 「ん~~~。まぁ、いつもこんな時間にゴメンな。心配してくれてありがとな。 悪りぃけど明日頼むわ。おやすみ。」 とだけ言い残して電話を切る。 「おやすみなさい‥」 すでに切られた受話器に向かって、小声で囁き、携帯を畳んだ。 「全く。いっつも身勝手なんだから!」 少しフテクサレながら再びベッドに潜り込むと、眠っていたはずのキンちゃんの手が僕のほうに伸び、ゆったりと抱き寄せた。 「なんや?また会社からか?」 半分夢の中に居るのか、目を閉じながらモゴモゴ話す。 「ん。明日の会議資料纏めとけって」 それだけ話すと自らも擦り寄り、背中に腕を回し抱き付く。 ほんの少し離れてただけなのに、キンちゃんの肌の温さで自分の体が冷えていた事を知る。 「体、冷たいな」 キンちゃんもその事に気付き、僕の全身を包み込む様に抱き寄せ、額に、瞼に、キスをくれた。 身も心も温かい彼。優しくて居心地の良い彼。僕を何よりも大切にしてくれる彼。 こんなに想われて幸せなハズなのに、モモ先輩を忘れる事も諦める事も出来ず、体の内側のド真ん中にいつまでも(くすぶ)る想いを抱き続ける僕は、実は相当な悪魔なのかもしれない。 再びキンちゃんの腕の中へ身を沈めながら、そんな事ばかりを考えていた‥‥‥‥

ともだちにシェアしよう!