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第1話

「滝川さん、好きです。」 「え?あはは…な、なに言ってるの?ここ、会社のエレベーターだよ?て言うか…誰?」 「殿村です。大丈夫です。俺に安心して任せて下さい。」 「え、ちょっ、なに?なに言ってるの?名前も初めて知ったレベルの人とこんな近寄りたくないんだけど!あっ、分かった!ちょっ、ちょっと、廊下でよう。話なら、付き合うから!ね。」 ———- 「どうぞ、コーヒーです。」 深夜の会社のエレベーターで急に男に襲われた。更にはセクハラをされそうになり、落ち着かせようとエレベーターを降りると何故かその男のオフィスに誘われコーヒーを出された。 どうにかして帰りたい。仕事もまだ残っていたのにな…。 「…なんですか?」 「遂に滝川さんと付き合えるなんて、感慨深いなと。」 「《話に》です。変な言い方やめてくれます?」 連れてこられたのは、上の階の海南物産。俺を連れてきた男にこにこと笑顔を浮かべて俺を見つめる。 男は髪もスーツも上品にまとめられ、小綺麗な雰囲気だ。整った顔に優しい目つき彼の印象を更には高める。年の頃は俺と同じ頃に見えるが、席の配置的に、役職付きなのだろうか?優秀そうだ。 「で、何故急にあんな奇行にはしったんですか?」 「あれ?急に敬語…。」 「…お、お客様ですからね。」 「そうですね。あまり抵抗しないで下さいね。」 「…。」 殿村は依然としてにこにことしているが、どこと無く威圧感を醸し出てくる。俺は大人しく口を閉じだ。海南物産といえば、うちの大口の取引先だ。殿村に何処までの権限があるか分からないが、下手な事出来ない。もしかして、これが狙いで連れてきたのか?よし。ならば。 「お友達から初めましょう。」 「え⁈」 「殿村さん、まずは、健全なお友達から初めましょう!健全な。」 「分かりました!いいですね、いいですね!」 俺は強く健全なと強調して提案した。ここで逃げられないのであれば、のらりくらりとやり過ごそう。 俺の提案に、殿村は爽やかな笑顔で頷く。 「では、そう言う事で。」 「あ、待ってください。友達だし、連絡先を交換しよう。」 「…。」 「滝川くんのQRコード、出して?」 出て行こうとした俺の手を引いて、殿村が提案してくる。 どうしよう。…教えたくない。 「…スマホ、家に忘れました。」 「はは、おっちょこちょいなの。可愛い奴。なら、電話番号教えてよ。あ、友達だし、タメ口でいこうか?」 「090-」 「ん?090?それって古くない?」 「……080-××××-××××。」 「うん、うん!分かった。」 「え、あ、」 にこにこと人好きのする笑顔のまま、殿村は自分のスマホを取り出し、俺の言った嘘の番号を入力する。 「…番号間違っちゃった?《現在は使われてません》だって。」 「…ま…間違いました。」 俺は諦めて正しい番号を教えた。 「うん。もう、次はないからね。」 「…。」 始終にこにこしているけど、ちょいちょい匂わせてくる、上下関係らしきものが気になる。 本当、この人ってやばい人じゃない? ブーブーブーブー 「…。」 「…。」 「鳴ってるね。滝川くんが家に忘れたスマホが。胸ポケットで、今、鳴ってるね?」 俺が身の危険を感じている間に、殿村は俺が教えた番号にかけた。結果、ポケットに入っていた俺の胸スマホが鳴る。 「…殿村さん、QRコード出せる?あの、連絡先…殿村さんの入れてもらえる?」 「…っ‼︎い、いいよ。」 仕方ない。俺はすごすごと殿村のスマホに自分のスマホを近づけた。 「ちょちょちょ、ちょっと、滝川くん!さっきの、もう一回言って?」 「え?う、うわっ……な、なに?」 そして何故か、ハァハァと息を乱した殿村に手を引かれ、何度も言葉を言わせられる。 やっぱり、殿村はやばい奴だった。 どうかもう、どうかもう、関わり合い になりませんように。会いませんように! ————- 「滝川、今度海南物産のシステム導入について…」 「え?」 「…どうした、滝川。」 俺は部長の言葉を思わず遮ってしまった。基本的にイエスマンな俺の暴挙に、部長は眉をひそめた。 「あ、いえ。すみません。」 「しっかりしろよ。また、海南商社の販売システム導入の案件があるが、競合他社である、NT社とのコンペだ。コンペ資料の作成を頼む。」 「はい。」 「…。」 「…。」 「もう、自分の席へ戻っていいぞ。」 「部長、俺、今やっている案件に手こずっていて、あの、七緒とか優秀ですし、あいつにやらせてはどうでしょう?」 嫌な予感がする。やりたくない。俺は自分より2つ下の部下を、自分の代わりに推薦した。実際、七緒は本当に優秀だ。そろそろ挑戦させてもいい頃合いだろうし…。 「七緒か。いいじゃないか。ただ、大口顧客相手だからな…滝川もしっかりフォローしろよ?任せっきりはダメだからな。」 「…分かりました。」 やっぱり無関係にはいけないか。俺は部長の案に内心渋々と頷いた。 「滝川、絶対に案件とれよ。七緒が失敗したら、お前の査定にも影響するからな。」 「…はい。」 ご丁寧に脅しもかけられた。 「先輩、俺の名前が聞こえたですけどー?」 席に戻ると七緒が話しかけてきた。七緒は女の子顔負けの可愛い顔した顔の後輩だ。顔は可愛いが、仕事は出来る。だから、パッと思いついた。 「七緒、お前にチャレンジ案件きたぞ。これが上手くいったら、焼肉奢ってやるよ!」 「へ〜、それって、先輩と2人でですか?」 「え?あぁ、まぁ、そう。2人でもいいよ。あ、誰か、女の子呼びたかった?」 「いえ。2人でお願いします。」 それだけ言い残すと、七緒はにこにことして自分の席に引っ込んだ。 ——— 「先輩、資料準備出来たので、これから海南物産さんに行くんですが、先輩も準備出来てます?」 「え?」 昼休み明け、さぁ午後の仕事だとガムを口に入れた瞬間、七緒に話しかけられた。俺は間抜け顔で目を丸くして答えた。 「ふっ、ふふ、何ですかその顔?」 「いや、スケジューラーに不参加で回答していたからさ。あの…大丈夫!七緒なら、1人でやれるって!」 「え〜、BI機能関連、俺だけじゃ上手く話せないですよ〜。来て下さいよ〜。」 「…。」 結局、俺は七緒に泣き落とされ、また来てしまった。海南物産へ。 「先輩、そう言えば、海南物産に就職した友達に聞いたんですけど、この案件を担当している課長、怖い系らしいですよ。」 綺麗な受付嬢に通された海南物産のミーティングルームで、ヒソヒソと七緒が話し出した。 「怖い系って、小竹向さんだろ?」 「小竹向さんは人事ローテンションで移動して、次に入った人が、ですよ。」 「はぁ…。だから部長も必死だったのか。」 責任者が変われば、それまでの付き合いも一層される。前任者の小竹向さんは、よくうちを贔屓にしてくれていた。それがなくなった今、本気でこの案件取らねば、今後への影響もあるな。 「実力主義の海南物産とは言え、スピード出世。媚びないし無愛想、上にもズバズバ物申し、きちんと結果も出す冷血美人って呼ばれてるらしいです。」 「はは、男に冷血美人って…。結局陰口かよ。」 「も〜、呑気なんだから。俺達のプレゼンもボコボコにされたらと思うと、怖いすよ。」 「まぁ、流石に俺たち外部の人間のプレゼン内容を面と向かって貶す事は無いだろ。それよりも値引き交渉が厳しいかもな…。」 「失礼します。」 「あ、先輩、いらっしゃいましたよ!」 俺たちは立ち上がり、海南物産の冷血美人ご一行を迎えた。 「!」 「こんにちは、殿村です。よろしくお願い致します。」 涼しい声で告げられ俺は目を皿にして固まる。 奴だ! そして慌てて「滝川です。」と自分の名刺を差し出した。 「どうぞ、おかけください。」 いやでもどうだろう…? その人物は昨日のヘラヘラニコニコしていた人物とは似ても似つかない。笑わないし、所作もテキパキと…まさに冷血美人だ。 まぁ、前あったの殿村の兄弟とかか? 大手企業でよくある、縁故入社だ。其れなら、兄弟揃って同じ会社にいても不思議ではない。寧ろよくある話しだ。 「では、早速プレゼンをお願いします。」 「はい。それでは、お手元の資料をご覧頂き…」 殿村に事務的な物言いで促され、七緒が緊張気味に話し始めた。 ピコンッ 七緒の説明が始まって少しして、俺の ノートパソコンに、メール受信の通知が表示された。 《なんでー、碧くん返事くれないのーo(`ω´ )o》 「…。」 ご、ごくり…。 登録していないアドレスだが…〈from:kaede_tonomura@kainan.global.----〉 そして、チラリと《目の前に座る》殿村に貰った名刺を見た。 〈海南物産 グローバル購買部1課 課長 殿村 楓〉 「…。」 ぶわりと汗が出る。そして、俺は恐る恐る、目の前に座る殿村を盗み見た。 「!」 俺と目が合うと一瞬だけ、口元を隠した手の下で、殿村がニヤリと笑った。 同一人物じゃないか! 名刺か…。さっき渡した名刺に俺のアドレスは載っている。 ピコンッ 《碧くんがあんまり無視するなら、意地悪するから^_^》 え。

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