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第19話
別人のようだった。
切なげな息を吐いてしがみついてくる柊に、神崎は頭の芯が痺れるような陶酔を覚える。
『抱け』と命じておきながら、あんなに頑なに『抱かれる』ことを拒んでいた一週間前と同じ人だとはとても思えない。
忙しなく互いの服を剥ぎ取って、直に肌を重ね合わせる。ただそれだけで、柊は潤んだように艶のある眼差しを上げた。
「――柊」
重くないように被さり、滑らかな肌に掌を這わせた。首筋から喉元。肩、腋下、上肢。どこもかしこも愛おしくて、可愛いらしくて、一部の隙も残すことなく確かめていく。
「……ん…っ」
触れられた部分から熱が灯るかのようだ。柊の肌が次第に紅潮していく。
「あぅ」
小さな乳首を爪先で弾きあげれば、顔を背け耳元を晒す。薄桃色の耳殻に口付ける。仰け反り突き出す胸元で、しこりがツンと尖り立つ。
強めに捻りあげると、喉奥で嗄れた声を洩らす。
赤く色づいた胸先はどうみても誘っているようにしか見えず、神崎は目を細めてそれを舐めとった。ヒクリと震え上がるのが愛らしくて、そのまま唇で捕らえて吸い上げる。
「っ、やぁ…あ」
固い感触を舌で楽しむように弄い、そっと歯を当てた。
いや、と聞き取れぬ程の声で言って逃げを打つ。
だから神崎は尚も彼の上にのしかかり、昂ぶった己を柊の下腹に押し付けた。
「ひっ!」
触れた柊の性器もすでに勃ち上がりかけている。満足げに笑んで、神崎は柊の視線を間近に捉えた。
「あきまさっ」
下から睨み上げてくる。
はん。答えておいて神崎は、ちゅ、と柊に口付けた。
「――っ!!!!」
豆鉄砲食らった鳩みたいな顔をする。そういえば彼にキスをしたことはなかったかと、神崎は思う。
挙式ですら、そういった手順を省いたのだ。
「キス、まだしてなかったね」
かぁあああっ、と柊の頬が朱の色を帯びる。
「し、しなくて、いいから。むしろ、その、するな!」
「もしかして、したことない?」
あまりに初心な反応についそう尋ねると、うっと押し黙ったあと、柊はウルサイと怒り出す。
ああやっぱり。
こみ上げてくる笑いをどうにもできず、悔しそうにじたじた暴れ始める柊を全身で縫いとめる。
なにからなにまでこの人は、自分を魅了して止まない。
この人のすべてを自分だけが知っている、この喜び、高揚。たかが口付けひとつで、こんなにも彼は自分を幸福にするのだ。
「柊」
もう一度、今度はゆっくりとキスした。柊はぐっと唇を引き結んでいる。
「ちょうだい、ファーストキス」
むむむ、と一層きつく唇を噛み締める柊に神崎は懇願した。
「俺とじゃ、嫌?」
「も、今しただろ!」
じろり、ときつい瞳で睨まれて、神崎は自分はどうなのだろうと束の間迷う。
柊はキスひとつ、眼差しひとつで神崎を幸せにしてくれる。では自分は柊になにを与えてやれるのだろう。
「口…開けて」
わからないまま、柔らかそうな柊の唇を神崎はぺろりと舐めた。求めないでいることなどできなかったから。奪ってでも自分のものにしたいという渇望、それを堪えることだけで精一杯だった。
「全部、俺にちょうだい。ぜんぶ。ひとつ残らず」
真摯な口調に柊が何か答えかけ、その隙をつくように神崎が深くキスを仕掛ける。
「…ふぁ」
ねっとりと柔らかな異物が口腔を侵してるのを感じて、柊の身体がびくりと竦む。
嫌がる暇もなく、甘酸っぱい感覚が足の先から髪の先まで走りぬける。思わず身じろいだ拍子に、触れ合ったオス同士が擦れた。腰の底から疼くように湧き上がる快感に、柊が小さく身震いする。
息を逃すように短い口付けを繰り返し、舌を吸い上げる。切ない吐息が切れ切れに零れた。神崎のそれにぶつかる柊の雄も、どんどんと勢いを増していた。
「――君は…まったく」
手を伸ばし、重なる2本のペニスを握り締めた。せぐるしく喘ぐ柊の反応を確かめながら、ゆっくりと上下させる。
「やぁ、やめっ!」
途端、ぞくりと背筋を震わせ、柊は神崎を押しやろうとする。許さずにさらに、先走りに滑る性器を擦りたてた。
肌と肌がくっつき、離れ、淫猥な刺激にそれは尚も張り詰めていく。
「気持ちいいでしょう」
じゅくじゅくと粘液の立てる音が耳に響き、柊は嫌だとばかりに首を打ち振る。そのたび追いかけるように神崎が口唇を奪い取る。
「イイって言ってごらん」
「イヤ…だ」
「よくないの?」
ペニスに絡まる指が卑猥に蠢き、柊のそれの形をなぞり上げる。
「今日はすごくよさそうなのに」
この間とは別もののようだと、柊の方だって自分の身体をそう思う。
初めてのときは、神崎の為すことすべて不安なばかりで、気持ちいいだのなんだの感じる余裕なんてなかった。いや、そんなふうに感じることを拒んでいた。
辛くていい。苦しくて当然。堪える痛みが大きければ大きいほど、なにより神崎に対する償いになる――。
そんなばかみたいなこと考えて神崎に抱かれていた自分が、情けなくなる。くだらない代償行為なんて、この男にとって何にも意味なかったんだろう。
「あき…」
神崎を見くびっていたと思う。こいつはもっともっと、器が大きくて。
優しくて、包み込むようで、守るようで、でも決して柊を見下したりしない。
とてもじゃないけど自分が身体を張ったくらいで繋ぎとめておけるような男じゃなかったのに。
「も…死ん、じゃう」
大きな手が弄う合わさった性器。どちらのものともわからぬ体液に濡れ光る淫らさ。
柊はそっと神崎の手をどけた。がちがちになって腹を打つ自分のペニスと、いささか風格の違う逞しい神崎のそれ。おっかなびっくり、神崎のものを指先でなぞった。ぐん、と震えて張り詰める感触に慌てて手を引っ込める。
「……すごっ」
喉で笑って、神崎は柊の額に唇を落とした。
「本当に、君は可愛い」
むっとした視線を上げる柊に微笑みかける。
「俺のものだ」
柊の手首を掴むと、逆らうだけの間を与えずにぐいと昂ぶりに押し付けた。熱さと力強さに圧倒され、反射的に握りこんでしまったそれから、柊は手を離すこともでない。
「や、やや、やめ、や」
「やめるよ。君が嫌なら。この間のような酷いことはもうしない」
柊の手を上から包み込んで神崎の掌が握る。
「怖いなら。一生しなくてもいい」
「――一生?」
どくりと大きく柊の胸が波立った。
「そう、一生。こうやって触れ合ってるだけで、それ以上はなくてもかまわない」
柊は小さく首を傾けた。
「信じられない?」
「そうじゃないけど…」
抱き寄せた身体は逆らわない。神崎は自分がほっとしているのを感じた。
「そうしたらずっと、傍にいてくれるだろ?」
君を失わない為なら、なんでもしよう。
「本気か?」
「本気」
神崎の首筋に顔を埋め、柊が喉でくすと笑った。
小さいけれども怯えはない、温かな含み笑い。
神崎は眼を閉じ、柔らかい肌の匂いを吸い込んだ。それだけでもう十分だと、滾る欲情を補うほどの慈しみが心に湧き上がる。
ばからしいと。なにを聖人ぶって「しなくてもいい」などと。少し前の自分なら鼻で笑ったであろう、青臭い思考回路だ。
だが、こうして、一度は蛮行に及んだ男の腕の内に身をまかせてくれる彼を見ていると、負け惜しみでも痩せ我慢でもなく、どんなことがあっても二度と傷つけてはいけないと思う。
「一生こうして、俺と一緒にいるのは嫌?」
精一杯の愛情を込めてそう尋ねると、
「イヤ…かも」
ぽつりと戻った返答に、神崎は驚きを隠せなかった。
「し、しゅ、」
口ごもり身を浮かしかけた神崎の背に、柊の指がかかった。
「一生しないなんて、イヤだ」
仕掛けられるキスに、理性を試されているような気がした。あのきつい瞳がどうしてこうまで解けて、今にも蕩けそうな危うい色を帯びるのか。切ないみたいに、まるで神崎を責め立てるみたいに。
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