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第21話

 ずるっと、柊の内から指を引き抜く。  まだもう少し、早すぎる。そう思わないわけではなかった。このまま抱いてしまえば、前回と同じく彼を痛めつけることになるかもしれない。  だがきっと、辿る過程が同じだとしたって、出てくる答えは違うのだ。  だって自分も彼も、こんなにも互いを欲しがっている。  どんなことをしたって手に入れたいものがこの世の中にはある。絶対に、諦めきれないもの。  それが『彼』なのだと、何の気負いも衒いもなく神崎はそう思う。  痛いほどに昂ぶったものを綻んだ窄まりに押し付けた。柊が身体の力を抜こうとしているのがわかる。おそらく、神崎が力ずくで犯そうとしているわけではない、と彼にもわかっているだろう。 「好きだ、柊」 「オレも」  柊は手を伸ばして神崎の頬に触れた。愛おしそうに輪郭に指を這わせながら、ぐいと腰を押し付けてくる。先走る滑りが襞になびられる卑猥な感触。内部の熱を先端に感じ取って、神崎は固唾を飲む。 「おまえの事、すっごくスキ」  怖じず柊が微笑んだから。神崎もそれに応えて僅かに笑んで、身体を進めた。  じり、と穿たれてくる神崎の性器。  荒く短く息をつきながら、柊は懸命にそれを受け入れる。神崎によって解くされた内壁は、辛うじて男の先端を飲み込む。 「ん……く…ぅ」  ずりずりと這い上がるように、ありえぬ方向から後孔を押し広げて埋め込まれてくる肉塊。奇妙な圧迫感に背筋を反らせ、柊は短く喘いだ。 「痛い?」  内部の狭さに改めて驚かされ、神崎が声をかける。 「…イっ…たく、ない」 「ほんとうに?」  こくりと頷いて、唇を突き出す。 「前より、全然。……いたくない」  変わらぬこの意地っ張り。  こっちだって辛いくらいにキツイのだ。柊が平気なわけなどない。それでも気丈に振る舞う様が、彼の心の内に触れられる今、神崎には切ない。いっそのこと「痛いにきまってんじゃねえか!このヤロウ!」とでも罵ってくれればいいのにと、半ば本気でそう思う。  それでも、柊とはこういう人なのだ。  その一途さ、潔さの虜になっているのだ、神崎は。  自分を選んでくれたこと、絶対に後悔はさせたくない。  もてるだけの優しさを込めて、口付ける。たどたどしく柊が神崎の舌に応えた。 「ふぅ、あ……」  息を吐かせ、力を抜かせ、緊張を解かせる。   馴染ますように緩やかに抜き差しを繰り返し、僅かずつ神崎のものは柊の内へと押し入っていく。熱い肉筒はジワジワと絡みついてくるようだ。愛しいのと気持ちいいのと両方で、一気に奥底まで穿ちいってしまいたいのを、どうにか神崎は堪えている。 「明雅、あっ――」  汗で額り付く髪。いつもより抑揚の失せた声。それでも瞳の色は変わらない。  深くて暗くて底知れない琥珀。 「うん」  自分の声が掠れているのがわかる。身も世もなく、腕の下のこの青年に、囚われているのを感じる。彼を自分のものとすることなどきっとできない。 「あきまさ、は、」  自分が彼のものに、なっていくだけだ。 「まえんとき、より…気持ち、いい?」  真剣に聞いてくるから、答えないわけにもいかない。 「よすぎて、困る」  ふ、と目元が緩んで、柊はやんわりと、嬉しそうに笑った。 「よかった」 「――柊ッ!」 「うあ!」  もはや矢も盾もたまらずに抱きすくめると、身体が二つ折りにされ奥までぐぐと押し入ってくるものに、さすがに柊がくぐもった声を洩らした。懸命に腕を突っ張って神崎をどけようとする。 「おっ、おちつけ、あきまさッ!」 「あ、あの、ごめん!」 「あ、こら、待て!」  焦って身体を起こしかけた神崎の腕を咄嗟に柊が掴みしめた。凍りついたみたいに動きを止めた男に、柊は、はあと大きく息を吐いた。 「――痛かった、よね」 「ばぁか、ちがうって」  しょぼくれた神崎に、小さな子供を窘める、そんな口ぶりで言った。 「ゆっくり、動け、っての」  そうしてまるで神崎を導くみたいに、柊はそっと腰をうごめかす。今度は神崎が小さく呻いた。 「けっこー、平気に、なってきてる…から」 「柊…」  神崎は柊を窺いながら、緩く律動を刻む。浅く含ませゆっくりと抜き。次にはもう少し深く埋め込んで。  眉を寄せ唇を僅かに開いて、柊は次第に男を受けとめていく。穏やかな行為に熱を帯びたその部分は、甘く神崎に絡み付いて責め立てた。 「すごい、柊…」  誘われるように神崎はさらに奥へ拓いていく。逃げを打つ淫らな下肢をきつく掴みしめ押さえつけて。 「あ…き……」  柊が名を呼ぶ。足りないみたいに腰をすり寄せる。求められるまま神崎は深く深く柊を抉った。 「あぅ!」  最奥を神崎に打ちぬかれ、柊は眦を染め上げている。震える肉襞は神崎を包み込み、やわりと絞りとるように艶めかしくうねる。  埋め込んだまま彼を揺すりたてた。 「あっ、やだ、あ、あきまさっ」  それでも彼は嫌がってなどいないのだと、神崎にも感じ取れた。男のものを根元まで咥えこんだ入り口が、きゅうきゅう収縮を繰り返す。 「いい。とても、いい」  耳元に囁くと、今にも泣き出しそうな顔をしながら頷いた。  こんなに愛おしいものがこの世にあるなど、考えてみたこともなかった。きついかと思いながら、堪えきれずに身を屈めてキスをした。 「ん…っ」  ほんのわずか、唇を開いて神崎の舌を受け入れる。  「あ、きまさ……」  甘えるように呼ぶ声を聞きながら、神崎は殺した息を吐いた。柊は自分から神崎の肩を抱き 「も、そんなに…イタクない」  自慢するみたいに、笑ってみせた。  そして、動けよ、と。  神崎はそれに従った。   焦らすように内壁を擦りあげ抜き差しする。  先日と同じ轍を踏むのでは、と少し怖かったが、柊はしなやかな腕を差し伸ばして迎え入れるように脚を開いた。  下肢の間で揺れている性器は、昂ぶっているわけではなかったけれど。それでも神崎がそっと愛撫を加えると、少しずつ熱を持ち始める。寄せた眉根は決して、苦痛を堪えるためだけのものには見えなかった。  彼を満たし、同じように自分も満たされていく気がする。  瞳を細め、吐息に交えて、いいよ、と、柊が口にした。 「キモチイイ」  それだけで神崎は至福を覚えた。  どんな行為よりずっと、胸の下、彼の身も心もが解けていく、そのことが神崎に喜びを与えた。  ヌルとぬめる感触を神崎は手の中の雄に感じ取る。上下に扱いてやると、 「スキ」  若い身体が貪欲に覚えはじめた快楽のことか、神崎への感情なのか、どちらともつかず柊が囁く。  もっともっとその声を聞きたくて、反応を確かめながら赤く尖った乳首をやわく摘み上げ、柊の感じるところを掠めて己を突き入れた。 「あぁっ、んぅ、んっ」  びくりと震えたペニスの先端が新たな滑りを溢れさせる。握りしめ、擦りあげると、肉襞は含みこまされたものを絞りこんだ。 「いっ、あ、あぁっ!」  拙い、だからこそ懸命な様子で神崎にしがみついて、いっそう奥まで雄に穿たれて。引き締まった腹にとろ、と先走りが滴り落ちた。 「は…あっ」  ねっとりと濡れそぼった鈴口を指先でこね回す。彼の快楽はそのまま神崎を包む襞を蠢かさせる。 「柊っ!」  じり、と柊が腰を摺りつけてきた。神崎を奥へと引き込もうとするように。たまらずに突き上げると、柊が声なく悲鳴を上げる。 「いい?」  なにが「いい?」のか神崎にもわからないまま問いかけた。だが柊は目を眇めてコクコクと首を縦に振る。  貫く律動にあわせ、粘つく蜜を搾り出すようにペニスを扱きあげた。互いの体液で下腹は濡れそぼっている。内側も、外側も、ぬちゃぬちゃと卑猥に鳴く。親指の腹で先端を割るように撫でまわすと、柊の深い部分が蠢動するみたいだった。 「あ、あ、あきまさ。い、やだ!」  切羽詰った声で呼び、柊がしがみついてくる。締め上げてくる後孔に、たまらず神崎は己を解き放った。 「ッ――!」  柊の背が撓った。  眉間にきゅっと皺を寄せ、神崎の掌を汚して果てる。肩にかかった彼の指が、一瞬きつく爪を立て、それからすっと力が失せ、シーツに落ちた。  自失したかのようにぼんやりと目を開いて、柊は整わぬ息を僅かに開いた唇から洩らしている。  抱え込んでいた下肢を解放し、一度思いきり強く抱きしめた。自分を身の内に受け入れたまま彼が達したことが、神崎には何より嬉しかった。 「柊、」  ゆっくりと彼の中から身を引き、汗ばんだ額にそっと口付けた。 「大丈夫?」  神崎がそう問うと、柊は不思議そうに視線を上げて、だいじょうぶ、と嗄れた声で細く返事をした。  身体を添わせたまま、何度も彼の名を呼び、「かわいい」だの「よかった」だの「ありがとう」だの、信じられないくらい月並みな言葉を繰り返す自分。  些か恥かしく思いながらも、神崎はそれをとめることができなかった。 「すごくすごくよかった。ありがとう、柊。愛してる。もう俺のものだ、放さない。ずっとずっとずっと、大事にするから」  これまで褥を共にしてきた女たちなら、何の冗談かと呆れるような台詞だろう。  だが今、飾り立てた綺麗なだけの意味のない言葉ではなくて、真実そう思ったから、その気持ちを柊に伝えたかった。 「……バカ。へんなこと言うな」  照れくさいのか文句をつけながらも、柊もまんざらではないらしくて、ほんのりと頬を染めている。 「オレも。その………」  よかったぞ。  そう付け加えた声は蚊の鳴くような小さなもので、だからこそ神崎は胸の奥が苦しくなるほどの喜びを覚えていた。

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