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第27話

「楓さん。今回のことはすべて私に非があります。お詫びのしようもあり、」 「おにいちゃんは、神崎さんが欲しいんだよね?」  楓は神崎を通り越して、柊に向けてそう問いかけた。 「神崎さんが、あたしのインチキ結婚の相手だから遠慮してんの?それとも男同士だからって気にしてんの?それで家を出てくとか言ってんの?」  神崎の背中に、柊の額が当たるのを感じた。 「楓さん、柊さんは、」 「そんなのつまんない、どうでもいいことだよ!誰がそんなことでおにいちゃんを責めるっていうの?」  楓の声は真剣で、矢面に立たされた状態の神崎は思わず背筋を正した。 「あたしはずっーとワガママばっかり言ってきたけど、おにいちゃんはそうじゃない!いつも我慢して、諦めて、仕方ねえなって、なんでもあたしに譲ってくれた。ずーっとあたしのこと一番にして、自分のことは二の次だった。そのおにいちゃんがはじめて自分で欲しいって言ったものを、誰にも奪わせたりしない!そんなこと、絶対にさせないよ!もし誰かがおにいちゃんのコト悪く言うんなら、あたしがその人に言い返す!!」  おずおずと柊が、片目だけを神崎の背後から覗かせて楓を窺い見た。  楓は凛とした、少女らしい声で言い放つ。 「人の恋路を邪魔する奴なんざ、クソ喰らえって言ってやるから!」 「な、こら、なんてこと言うんだ!」 「おにいちゃん!」  びっくりして神崎の背後から飛び出した柊に、楓は抱きついた。 「おにいちゃんのワガママ、あたしはずっと聞いてみたかったんだよ」 「――楓」 「今までありがと!今度はおにいちゃんがワガママ言う番!!」  そう言って、柊から身を離す。 「神崎さんっ!!」  きりりと睨みつけてくるような楓の強い瞳に、思わず神崎はたじろいだ。柊によく似た、射竦められるほどの熱い眼差し。  楓はぐい、と柊の身体を神崎に押し付けた。 「楓さん?」 「おにいちゃんのこと、お願いします!」 「かっ、楓、痛い!」  もはやこれ以上どうにもならないくらいに密着しているふたりだったが、お構いなしに楓は神崎と柊をくっつけようとする。 「楓さん」  手を伸ばして、楓の肩口に神崎が触れた。顔を上げた楓がいきなりぽろり、と涙を落とした。 「おにいちゃんは、口下手で…あんまり自分の気持ちうまく表現できないところがあるけど、でもマジメで、いっつも一生懸命な、いい人間です!!大好きな、自慢の兄なんです、世界一幸せになって欲しい!きっと貧乏くさいワガママしか言わないから…絶対叶えてあげてください!守ってやってください!お願いします!!幸せにしてあげてください!!」  ぽろぽろと、頬を零れる涙を拭いもせず楓はお願いします、と繰り返す。柊はちょっと恥かしそうに横目で神崎を盗み見た。神崎はそれにそっと頷く。 「まかせてください。ふたりで必ず幸せになります」 「もしお父さんが反対したって、あたしはふたりの味方だから。絶対に絶対に、いつまでだって味方になるから!」  言われて神崎は思い出し、突っ立ったままの柊の父に視線を投げた。  慌てたように雨宮氏は首を横に振った。 「いや…その、わたしだって、別に」  居心地悪そうに居住まいを正す。楓も柊を胸に抱きとめたまま表情を硬くした。 「まあ確かに驚いたことは驚いたけれど、もともとが、その…こちらが、先走って柊に花嫁の代役をさせていたわけでして、神崎さんにしてみればまったく青天の霹靂だったことでしょう。ですが、そのなんと言っていいのか、私もこんな風になるとは思わなかったものだから――」  しどろもどろに口を開き、冷や汗でもかいているのか、額を拭った。 「お父さん!なにが言いたいの!!」  涙目のまま、じろりと楓が父親を睥睨した。 「つまりだ!神崎さんと柊が望んで一緒にいたいというのなら、誰にも口を挟む権利などないということです。勝手ばかり申しまして、かえって混乱させてしまったようです。神崎さんのことは、ここしばらく仕事を一緒にして私にもわかってきている。仕事にも真面目に取り組んでいるし、裏表のない信用のできる人だと思います」 「お父さん!じゃあ」  娘の促しにひとつ首を縦に振る。 「我が子を託すに不安はありません。それがたとえ息子であっても」  雨宮氏は、神崎に向かいぎこちないながらも笑顔らしきものを浮かべた。 「柊を、よろしく頼みます」 「……はい!」  神崎もどこかぎこちなく、だが力強くそれに応じた。 「柊も、本当にこれでいいんだな?」  次いで柊に向かってそう尋ねる。はにかむような笑顔とともに柊は答えた。 「やっぱりこいつが好きだ。どんなことがあっても」 「それならなにも問題なんてない。今までどおり、おまえはこの家の子供だし、神崎さんの花嫁……というのか、連れ合いだ!」  そう言う父親を目を細め見つめた柊の横で、楓がやったね、よかった!と明るい声を上げる。 「ありがと、父さん。楓」  柊の指が神崎の指に触れた。  震えているようなそれを硬く握り締め、神崎はじわりと幸福が全身を包むのを感じた。 「ありがとうございます。柊さんのことは必ず一生大切にいたします!」 「じゃあ、神崎さんはあたしのお兄さんになるんだ!」  天真爛漫な楓にそうですね、よろしく、と一言返事をしてから、 「――お義父さん。不束な男ですが、どうか末永くよろしくお願いします」  神崎の呼びかけに柊の父は些か複雑そうに頷いた。  その夕方、神崎は引き止める義父と義妹の声を振り切って、柊を奪取して帰路についた。 「なんだよ、夕飯くらい一緒に食べてってもよかったのに」  仏頂面をして助手席から文句を言ってくる柊。 「そのうちにね。今日はダメ!」  なんでだよ、と膨れる横顔を眺めながら、神崎はアクセルを踏み込む。顔が自然と綻んでしまう。 「今日の夕飯は、ふたりで食べたかったんだ」 「なんか食いたいもんでもあんの?」 「あぁ」 「君だ!なんてバカなこと言うなよ。実家に帰らせてもらうぞ」  ばれたか、と内心舌打ちしながらも神崎は笑顔を浮かべたまま、 「一緒について行く…」 「バーカ」  照れくさそうにする柊の悪態を楽しんだ。 「君をいただくのは、もう少し夜が更けてから。腹ごしらえは別のところ」 「どこ?」  先日来たばかりの近所のレストランに、神崎は車をつけた。 「またここ?」 「だって記念日だから。お義父さんに君との結婚を許してもらえた」  そういえばそんなことを言っていたなと、柊は思い出した。なにか特別な日にはこの店に来よう、と女たらし丸見えみたいな台詞をこの男はいけしゃあしゃあと口にしていた。 「で、これってなに記念日っていうわけ?」 「そうだな…」  神崎は考えながらエンジンを切る。 「オヤジ記念日、とか?」  そう答えると、案の定ぷーッと柊が噴き出した。 「冗談だよ…やっぱり結婚記念日?」 「………恥かしいからそーゆーこと言うな!」  ほくそえみながら柊を促して車を降りた。  始まったばかりの、ふたりで歩む人生。  これからどんな波乱万丈が待ち受けていたとしても、彼とならきっと乗り越えていけるだろう。    神崎はそっと柊の手を取ると、駐車場から店前へ通じる小さな石段を登った。柊はほんの僅か遅れて、神崎の手を厭うことなく握り返しながらその後に続いた。  5段ほどの階段の両脇には季節の花が綺麗に咲き誇っていて、真っ白い敷石に生えて鮮やかだった。  まるで結婚式みたいだな、と柊はふと思い、次の瞬間には神崎がその為にここに来たのだ、とそう思った。 「明雅?」 「ん?」  半歩ほど先行く男は振り返る。石段の一段上から、見事なまでの笑顔を浮かべて。  つられて柊も笑う。 「これからずっと。よろしくお願いします」 「こちらこそどうぞよろしく。一生」  一生かけてふたりでずっと、幸せを築いていくのだ。  眼差しと微笑を交わし、肩を並べて店の前に立つ。  もはやどうにも押さえのきかなくなった柊の笑みは、扉を開けてくれたウェイターに向かい、 「今日は俺たちの結婚記念日なんですよ」  嬉しそうに神崎が伝えた瞬間、怒声に取って代わった。 「なっ!?このバカ!なに言ってやがるーーーっ!!」    JUST MARRIED.  ふたりの新婚生活は、今ようやく幕を開けたのである。

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