1 / 11

ナギ

「ピンポン」 インターホンの音に肩が上がる。 もう、何社目だろう。 数える事すらも疲れた。 就職氷河期も今年で何年目なのか 『選ばなければ仕事はある』 と言うが、それでも都会に憧れていた俺は、ココでの就職を念願していた。 頑張って頑張って受けた会社はフタケタをとうに超え、気力も体力も残金ももう限界。 『次の会社が落ちたら、もう田舎へ帰ろう』 そう決めて受けた面接の結果は、書簡で送られて来るとの事だった。 短く一つ鳴ったインターホンのすぐ後 「(なぎ)さん。結果届いたよ」 ドアの向こうから聞こえる馴染みの声。 この辺一帯の担当なのか、毎回書類を届けて貰っているうちに顔見知りになり、年が近かった事も手伝ってすっかり仲良くなった、郵便配達員の 『鹿島(かしま)くん』 最近では一緒に合否を確認するのが定例になってしまった。 「はいッ」 ドアを開けた瞬間渡されるプレッシャー 「‥‥‥」 特に催促もせず、黙って見守ってくれるのが心強い。 「ビリ」 封筒を開ける音がやけに大きく、玄関に響いた気がした。 「「‥‥」」 緊張が二人を包む 「‥‥ふッッッ!」 声にならない溜息が溢れると、その場に崩れ落ちるように項垂(うなだ)れる。 「凪さん!」 倒れずに済んだのは鹿島くんのおかげ。 「か‥しま‥」 まるで枯れてしまったかの様に、声が出ない。 支えてくれた鹿島くんを見上げると、声の代わりに溢れたのは “悔し涙” 『この度はご縁が無かったと言う事で‥‥』 そう書かれていた“慰め状”が手の平から零れ落ち、鹿島くんにも結果を伝える。 「凪さん‥‥」 瞬間、俺を強く抱き締めて 「俺、胸貸すんで。 思いっきり泣いて良いですよ」 耳元で優しく囁かれた。 ---------------------------- どれくらいそうしていただろうか 涙で濡れた鹿島くんの制服と、自分の顔に張り付いた涙の跡の不快感で我に還ると、彼の仕事の邪魔をしていた事にようやく気付いた。 床に手を付き慌てて体を起こす。 「ごめ‥ッ!」 そこでようやく自分が、鹿島くんに覆いかぶさっていた状態だった事を知る。 良い大人がみっともない。 「何で『ごめん』? 俺が『良いよ』って言ったのに」 柔らかい微笑みを浮かべて、ペタンと床に正座の格好をしている俺を追いかける様に上体を起こし、また優しく抱きくるめた。 「仕事‥‥ まだ途中だったでしょう」 その温もりが心地よくて、振り解く事もせずに身を預けてしまう。 「どうでも良い。 凪さんの方が ‥‥大事」 少し空いた間が、彼の“躊躇(ちゅうちょ)“を思わせた。 熱くなる胸は、その“躊躇”への期待。 “それ”が、自分に寄せられる『好意』であったなら 『スキ』と言う気持ちの、別名だったらなら 彼の中の“トクベツ”に その地位へ置いて欲しいと 迂闊(うかつ)にも願ってしまった自分に対しての、羞恥心が湧き上がる。 「俺。地元に帰るから」 前々から伝えていた事実ではあったけれど このまま甘えてしまいそうな、求めてしまいそうな自分を断ち切るために改めて口にする。 「俺。  地元に「俺も行く」 「へ!?」 もう一度念押ししようとした言葉を思わぬ返答に遮られ、体を起こして鹿島くんの目を覗く。 「俺も。一緒に凪さんの故郷に着いてく!」 満面の笑みの笑顔の下からは、強固な決意と情熱がひしひしと伝わって来る。 「ま‥じか」 色んな事がいっぺんに起こったお陰で、俺の頭はプチパニック。 フリーズした俺の体をもう一度ガッシリと抱きしめた鹿島くんが、何か(ささや)いたような気がしたけれど顔が服に埋もれていて、何を言ったのかまでは聞き取れなかった。 ――――数日後。 「おお。 寒いっすね!凪さんの故郷!」 テンションも高めに嗣治(つぐはる)くんが一息吐く。 電車内で初めて知った鹿島くんの本名に、本当に何も知らなかったんだと改めて実感した。 「まぁね~  さすが東北。て感じでしょ」 春先だと言うのに、まだ山々には雪が積もっていた。 そういえばまだウィンタースポーツが出来る時期なんだった。 なんて、就職活動に明け暮れて、すっかり忘れていた自分に驚く。 「じゃ、まずはご両親にご挨拶ですかね」 それだけ聞くと色々と勘違いされそうだが、線路の旅は思いのほか長く、田舎に帰ってからの身の振り方をも語り合っていた。 嗣治くんの方は、全国規模の宅配業者だった事もあって、なんと支店異動で済んでしまったらしい。 なので仕事には困らない事が判明。 自分はと言うと、当然職も住む場所も無い事から、しばらく実家暮らしか? と、思っていたのだが 「じゃぁ、良かったら一緒に住みません? 俺まだ土地勘も無いし、帰りも遅くなるかもだし。 帰った時、家事全般やっといて貰えると、すげ~助かるんすけど」 そう言って、眉尻を下げながら困った様に笑う笑い方。俺、ソレにすげ~弱いってバレバレなのかな? 最近頼まれ事する時に、よく向けられるようになった。 気が する。 そんなこんなで、一緒に住む事を了承したら 「じゃぁ、ちゃんとご両親にご挨拶しとかないと失礼すよね! 俺が不審者じゃないって事も知っといて貰わなきゃだし!」 なんて気合いまで入れてる、体育会系的発想に、ちょっとほっこりさせられながら 俺の就職が決まるまでは『家事代行サービス』的立ち位置って事で、話は纏まった 自宅玄関前 黙々と、庭で野菜の土落としをしている両親の姿が見える。 どう声を掛けたものかとまごまごしている後ろから 「こんにちわ!」 宅配業者ならではの、アノ快活で爽やかな挨拶が、真っ直ぐに飛んで行く。 「は~ぃ、ご苦労様で~す」 母親も宅配が来たと勘違いして、そんな挨拶を返したくらいだ。 「あれ、凪でねの?」 ビックリ顔の母親と、対照的なしかめっ面の父親と。 二人分の視線が突き刺さる。 「た だいま‥‥」 下から覗き込むような姿勢で挨拶したのが、父には気に入らなかったらしい。 「何しゃ(しに)来た」 相変わらずの仏頂面で冷たくあしらわれ、二の句も告げられずに居ると、また後ろからの心強い声。 と、温もり。 今度は俺を励ますように、後押しするように、そっと背中に掌を当ててくれていた。 「初めまして! 自分、鹿島嗣治(カシマツグハル)と申します!」 あまりの勢いに()され 「あぁ‥‥は‥ぁ‥‥」 鳩が豆鉄砲。てな表情の二人。 一瞬で空気が変わる てのを、目の前で見た気分だった。 「自分、以前の土地で凪さんに大変お世話になりまして。 凪さんが地元に帰るという事と、自分の支店異動のタイミングが重なった事もあり、凪さんの『ご両親に迷惑を掛けなくない』との思いを知った自分の提案で、この度一緒に住む運びとなりましたので、今日はそのご報告とご挨拶に伺いました」 一気に言いたい事を言うと、深々とお辞儀をする。 そのタイミングで背中に置いた手に軽く力が(こも)ったので、自分も合わせて会釈した。 所々『んっ?』と思うような内容だったが、その方が聞こえが良いので特に訂正も入れず、むしろ『よく(まと)めたもんだ』なんて感心すら覚えながら、頭を下げたままそっと覗き込んだ。 父のあんな顔は見た事が無い。 あんぐりと口を開けたまま、目が点だ。 「以後、お見知り置き下さい」 そう言ってから身を起こし、トドメの爽やか笑顔フラッシュ。 少し照れながら、つられてふにゃけ顔になる分かりやすい母に 『あぁ~親子だなぁ』なんて実感しながら、父の方へ目を()ると、さっきとはまた違った硬い表情。 ありゃ、大袈裟だったかな? なんて心配し始めた瞬間。 「コイツが頼りねぇばっかりに、気を遣わせちまって、すまねない」 想定外の言葉が飛んできた。 しかもなんだか、嬉しそうなのは‥‥ なんでだ!? 「いやぁ~、鹿島くん、て言ったか? 不甲斐ない息子だげんじも(だけれども)、面倒見でやってくんつぇ(ください)。 よろスぐお願いします」 農業用帽子を脱いで、丁寧に頭を下げる父に人心地、ではあったけれど、 俺としては 『頼りない』だの 『不甲斐ない』だの なんだかすっきりしない挨拶になった。 「はい。こちらこそ宜しくお願いします」 そう爽やかボイスではっきり挨拶すると、また深々と頭を下げる鹿島くん。 や‥‥遣り手だ‥‥‥ そう考えて、胸が痛む。 自分の面接の時。 俺にここまでの気概はあったか? 情熱を持って挑んでいたか? 振り還って自分の態度を反芻(はんすう)して 反省して 落ち込んだ。 俺、何やってたんだろう‥‥‥ 考えれば考えるほど、父親の言う事が正論で、傷なんて付いてられる立場じゃないとまで思うようになってしまった。 そんなタイミングで 「頼り甲斐のある、良い青年でねが。 あんま迷惑掛げんでねぞ」 トドメの父親の一言。 「‥‥‥はい」 俺は、力無くそう(うなず)く事しか出来なかった。。。。

ともだちにシェアしよう!