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デニムの前ががっつり膨らんでいる。どうして、いつから、というか昨日から誤作動が起きすぎじゃないか?
居た堪れず片手で顔を覆う。真剣に通院を考えるべきかもしれない。
「病気だとしたら頭と下半身どっちかなー…どっちもかなー……」
「アー……それ、理由、ある。私、オメガ」
「オメガぁ?なんですかそれ、あんたの国ではドエロい身体した男をそう呼ぶんです?ドスケベボディの略とか?って一文字もあってねえわ、ハハハ」
「待て。今、説明、する」
「あッハイすみません」
半分魂が抜けかけたような放言を垂れ流していたら、強めの口調で制された。反射的に謝り背筋を正す。正直こんな状態で説明を受けても理解できる気がしないが、口を挟める空気でもない。
腕組みして考え込む男の言葉を待つこと暫し。頭も下半身も落ち着かない俺がしびれを切らし掛けたところで、相手はようやく口を開いた。
「オメガ、は……」
そうして、拙い言葉で語られた内容は魔法やら魔力やらの話と同じくらい、否、それ以上に突拍子もなかった。
バース性とかいう第三の性。アルファとオメガ。そして発情期。ただでさえ相手の日本語が危ういのに、未知の概念を浴びせられて混乱しない筈がない。
「えーっと……つまりこういうことですか?あんたは男だけど妊娠できる特殊な体で?男を欲情させるフェロモンが出ると?」
「ん。男、限らない、でも、合う」
「オーケー。で、俺があんた見て勃起してんのはそのフェロモンの所為ってこと?」
「大体、合っている」
「マジかよ……」
どうにか噛み砕いて整理したものの、理解の範疇を超えすぎて目眩がしてきた。本気で何処から来たんだこのおっさん。
だが、一方で納得できる部分もある。この男の言を信じるなら、昨晩から俺が何度もこの大男に欲情しているのも、愚息が誤作動を起こしまくっているのも、全てフェロモンに誘発されてのことだ。
冷静に考えて、俺は男を好きになるような趣味なんて持ち合わせていない。恐らくこの男がやたら可愛くエロく見えるのもフェロモンの影響だ。今まで縁が無かった感覚だから、性的魅力と可愛いを混同している可能性が高い。
つまり、俺の頭なり下半身がイカレたワケじゃない。一先ず、病院には行かなくてよさそうだ。
安堵と同時に、ざらりと嫌な澱みが腹に溜まる。砂を飲んだような重たい不快感が胃の中で渦を巻き始めていた。
今までこの男に対して感じていた情動は、『欲しい』という強烈な欲は、ただの生理反応に過ぎないのか。生まれて初めて抱いた感覚はフェロモンの所為。拾ったのが俺以外の人間だったとしても、きっと同じように欲情して、この男は抱かれて魔力とやらを補充するのか。
(なんだよ、それ)
腹の内が重たい。宝石と思って掴んだのがただの石ころだったような。手品のタネを明かされたような。そんな虚しさと不快感が神経を逆撫でする。
俺は嫌なことから目を逸らしたくて、意識を現実に向けた。
現実、すなわち、俺本体の意向を無視して未だ元気いっぱい勃起しているバカ息子に。
どんどん下へ落ちて行く俺の気分に反して、愚息は萎えるどころかますます元気に膨らんでいる。ちょっと空気を読んでほしい。ついでにおじさんは股間ばかり見ないでいただきたい。
「大丈夫、か?」
「これが大丈夫に見えます?……あー、一先ずあんたの事情は解かったんで、一旦トイレ行って来ていいですか。こいつどうにかしないと、話もろくに出来ないんで……、あ」
「あ?」
空気の読めない息子も一発抜けば落ち着くだろう。立ち上がりかけたその時、俺の頭に一つ案が浮かんだ。妙案ともゲスの考えとも言えるそれを、口に出していいものか少し迷う。
が、そもそも俺は元から『良い人』でも何でもないのだ。
「ねえ、おじさん」
男の手首を掴んで、力任せに引き寄せる。まだ状況を飲み込めていないらしい、目を丸くしているその顔に、俺はにっこり微笑み掛けてやる。
「アンタの魔力…でしたっけ。もう充分回復してるんです?」
「……足りる、は、未だ。時間、必要」
「それってどれくらい?何時間?何日?何ヵ月?」
「んん……判らない。ここ、大気、魔力、無い。眠る、しても、魔力、増えない…」
「ってことは、自然回復を待っても無駄かもしれませんねェ?じゃあ、こっちの方が手っ取り早いんじゃない?」
男の手を導く先は言わずもがな。窮屈なデニムのフロントに、無骨な手を無理矢理押し付ける。
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