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第6話
6 渇望
いつものように現れた白木が、入口ですれ違った藍川を振り返りながら尋ねてくる。
「藍川先生、ですよね?…仲、良かったんですか」
「…いや、時々来るだけだ。ちょっと話を聞いてた」
「そうですか…」
俺の返事に少し眉をよせ、それから診察用の椅子を目指して近づいてくる。
俺はと言えば、先程の藍川の言葉に囚われていた。
心配じゃありませんか?
考えてなかった。
最近の俺はと言うと、待たせてるのに待ってる気分で。
我慢することで、頭がいっぱいだ。
「寺崎先生?」
机の上の書類に頬杖をついたまま視線を落としている俺を、不思議に思ったように白木が覗き込んできた。
「…なんだ…」
はっとして顔を上げる。
心配そうな目とかち合った。
「何か、あったんですか?」
「…いや、ただ話してただけだ」
白木は若い。
子供と大人の狭間で、ちょうど性にも目覚める頃。
そして、目覚めてしまって、本来なら夢中になるのが一般的。
それを俺が慰めている、つもりになってた。
だが、本当にそれで気が済んでるのか。
藍川に言われて、やっと心配になってきた。
俺は我慢している、でも白木は吐き出している。
そんな、気でいた。
「寺崎先生?」
今度はじっと見つめたまま動かない俺を不思議がる。
なんか、約束が馬鹿らしくなってきた。
思わず笑いが込み上げる。
約束なんかしたせいで、俺は欲求不満になり、余計な心配をしなければいけなくなった。
「ねえ!先生ってば!」
白木が必死に呼びかけている。
俺は返事もせずに、天パの髪を掴んで引き寄せ、白木の唇に吸い付いた。
なにが、軽いキスだ。
俺は嫌いだ。
余計に、飢える。飢餓感が増す。
藍川たちはなんでこれで済むんだ。
深く白木の口内に侵入して、舌を探す。
白木の舌はすぐに俺の舌に絡み付いてきた。
ん、これだ。
これでいい。
もっと、だ。
舌を吸い上げ、歯茎を舐め。
どっちの唾液かわからない液体が、口端を伝って落ちるのを感じた。
恍惚感に囚われる。
白木の髪に指を絡ませ、もう片方は白木の首を撫ぜる。
俺は白木の素肌を知らない。
局部的な触れ合いはあるのに、素肌を知らないとは変な話だ。
制服のボタンを、舌を絡めながら、外して素肌を探る。
顔の角度を変えて、薄く目を開けると白木も同じように目を開けていた。
思わず口元が緩んでしまった。
同じように口元を緩ませた白木が、俺の頬に手を添え、俺がしたように首を撫で、シャツのボタンを外し始める。
白木の手の熱が、じんとくる。
いい。
やっぱり、いい。
「先生?いいの」
「いや、だめだ」
まだ、足らない。
舌を再び絡めると、白木がふっと離れてしまった。
「だめ、って言ったのに、どうしてキスするんですか」
俺は思わず、くくっと笑ってしまった。
「ちょっと、先生」
「…見られた」
「え」
白木が驚いてる隙に、俺はまた白木に体を寄せ密着させる。
ち、間にある服が邪魔だ。
体温が微かにしか感じられない。
「この間のを、見られたらしい」
「…藍川先生に、ですか…」
「…その、恋人に、だ…」
「…先生、どうなるんですか…?辞めさせられたりするんですか!俺、どうしたら…」
白木が青くなって俯く。
おっと、しまった。
こんな顔をさせるつもりじゃなかったんだが。
俺は白木の顔に手を添えて、上を向かせる。
「心配するな。誰かに話すとか、そういう事はない。むしろ、その時は他に人が来ないよう見張っててくれたらしい。だが、ここが危険なことには変わりない。だから、だめだ、と言った」
白木は少しほっとした顔をして、俺から離れようとした。
が、俺が引き寄せる。
「……先生、今日矛盾してますよ、見られたら困るんですよね」
唇が触れんばかりに白木の顔を引き寄せる。
「ああ、困るな。だが、正直、どうでもよくなってきた」
「はあ⁈僕は先生に何かあると、困るんですけど⁈」
俺は白木の首筋に頭を寄せる。
白木の匂いを思いっきり吸い込んで、空気だけ吐き出す。
「ちょ、先生、こんなのやばいって」
白木は真っ赤になって俺を引き剥がそうとする。逆に俺は白木にしがみつく。
「…俺に触れろ…」
「…え、でも…」
「もう、限界だ」
「………」
白木の思考が見える。
俺に応えたい。でもここでまた見られたら、俺がここからいなくなるかもしれない。
ぐるぐる回ってることだろう。
俺は白木の腕を引き、寝台へむかう。
都合のいいことに、寝台周りにはカーテンがつけらていて、ぐるっと3つの寝台を囲むことが出来る。
俺は両脇からカーテンを引き寄せてきて、その合わせ目に体を入れ込み白木を振り返った。
白木の顔から少し戸惑いは見えたが、安堵しているようにも見えた。
腕を引き中に入ると、簡単に付いてくる。
俺が寝台の一つに腰掛けようとすると、押し倒された。
やっとやる気になったか。
思わず口元が緩む。
白木の頭を掴んで引き寄せ、また深く唇を合わせる。
今度は白木が積極的に絡めてくる。
「…僕、必死で我慢してたんですよ」
「知ってる」
いや、本当は知らない。
俺は、俺のことしか考えてなかった。
「…最後まで、良いんですか…」
「何度も確認するな」
俺が思わず笑うと、白木がさっき俺がしたように首筋に顔を埋め、深呼吸した。
「…先生、声、抑えてて。この間の、結構凄かった」
う、うるさい。悪いか。それぐらい良かったんだ。
だが、今回は、もっとまずいかもしれない。
飢えてるからな。
「約束できん」
「…嬉しいけど、聴きたいけど、困る。…ねえ、これから先生の部屋に入って、それからにしませんか。その方が、安全」
俺は白木の言葉を遮るため、口を塞ぐ。
強く吸い付いて、離れると濡れた音がした。
「…俺が、持たない…」
白木に腰を擦り付けた。
白木がかあっと顔を赤くする。
白木に押し倒された時から、俺は勃っていた。
強く押し付けると、すぐに押し返すように白木も同様になった。
思わずにやりと笑う。
「もう!」
嬉しいような困ったような顔。
「お前の口で塞げば、声は漏れないかも」
言ってる最中から白木の唇が、俺の唇を塞いだ。
角度を変えて何度も、何度も。舌を絡め、吸い上げ、舐め合う。
白木の手が首筋を撫で下ろし、シャツの下に着ていたTシャツをめくり上げる。
素肌を触れてくる白木の大きな手が温かい。
やがて両手で胸をさするように撫でられた。
「ん」
いい、まだ快感とはいかないが、悪くはない。
「先生、ちょっとだけ、自分で口抑えててください」
白木はそう言うと、首筋を舐めおり、やがて胸にたどり着く。
「ひ、あ」
乳首をぞろりと舐められると、思わず声が出た。
慌てて両手で口を塞ぐ。
「ずっと、こうしたくて」
白木は同じ場所を突起を弄ぶように舐め、ころがし、吸い付いてきた。
ああ、ん。
俺は口を塞ぐことに必死だ。
胸を舐められ感じるとは、女みたいだが、仕方ない。
放置された反対側の胸がじんと疼く。
代わりに白木の反対側の手が、もみ始めると、疼きが拡散した。
んぅ、いい、やばいくらい、いい。
素肌を掠る白木の髪、這い回る舌、吐息、熱い手。
全てが俺を追い上げる。
ああ、ああんん。
手で押さえた喘ぎが、頭の中で響く。
とんでもない淫乱だ。
胸を愛撫され、イきそうなほど快感に溺れている。
「し、らき」
手の隙間から思わず呼ぶ。
「先生」
白木がまた戻ってきて、口付ける。
深く唇を重ねながら、白木の片手は胸を揉み、片手がスラックスのベルトにかかった。
俺は自分でベルトを外す。
白木が下着ごとスラックスを剥ぎ取るのを腰を上げて応えた。
早く、触れろ、入れろ。
俺は足を開いて白木を導いた。
でもやってきたのは白木の手。
「早く」
思わず焦れて、白木を睨む。
白木は苦笑いした。
「久しぶりなんだから、ね」
どっちが大人だかわからない。
宥めるように言われると、従うよりないじゃないか。
くそ。
悔しくて、白木に吸い付いて、気を紛らそうとした。
ま、紛れるわけないんだが。
ゆっくり前を愛撫しながら、もう片方が入口をするりと撫でた。
思わずヒクついてしまう。
待っていた感触。
「ん、ん」
指が滑り込んでくると、堪らずしがみつく。
ああ、そうだ、これだ。
もっと、もっと。
広げるようにかき回され、思わず腰が追いかける。
あ、ああん、ん、い、い。
喘ぎを白木の口の中で漏らす。
「い、く」
重ねた唇の隙間から零すと、白木は深く唇を合わせ、指で内壁を擦り始めた。
ひ、ああ、あああ、ああん、ん、い。
「んん、ん」
ぽた、っと自分の腹に自分の精液が落ちてきた。
ん、んあ、あ。
イッた途端指が増やされ、別々の箇所を擦り付け、時々くっと押される。
ああ、ん、だめ、だ。
また、くる。
いつもよりずっと早い感覚で登っていく。
「んぅ、んん、んんぅ」
口を塞がれていると、鼻から甘ったるい息が漏れていく。
なんとか堪えようとする。
次第に湧き上がる物足りなさで、乗り切った。
あ、あ、あ、はや、く。
「しらきぃ」
指が増やされ、さらにかき回すように擦られる。
あ、あ、あ、っあん、あ。
違うんだ、もっと、熱いのがいい。
もっと、深く、入って欲しんだ。
白木。
「とろとろ、ですね…。そんなにせがまないで、僕も必死なんだから」
「はやく、しろ」
「…ん、ほら」
白木が再び口を塞ぎ、自分を当てがってくる。
しらき、しらき。
俺は自分で腰を押し付けた。
すこしずつ、白木が入ってくる。
あああああああ、ああ、ああ、っ。
情けないことに、入ってくる白木の感覚に俺はまたイッてしまった。
ぽた、ぽた、と腹に落ちてくる。
白木は気付いてるはずだが、そのまま強い抽送を始めた。
ひ、ちょ、ちょっと待ってくれ、いま、ああ、ひぃ、い。
「ん、ん、い」
感じすぎて、ちょっとヒリつく。
白木を少し押して、俺の状態に気付かせようとするが、挿入したことで白木の限界も超えてしまったらしい。強い抽送が繰り返される。
い、いた、しらき、ま、ああ、ああああん、ん。
痛いのに、気持ちいい。
複雑な感覚があるものだ。
「ん、んぁ、ん」
い、しら、き、い、ああ、ひ、ん。
抽送しながら、かき回すように探ってくる。
「んんっ」
びくっと俺の体がはねた。
「ここ、でしたね」
白木がふっと笑う。
どうやらこの間俺がせがんだ所を探していたらしい。
俺も忘れていた場所。
「ひ、ああ、んんんん」
白木がまた口をふさぐ。
あああ、ああ、んう、く、んあ。
また一段階上の快感を与えられ、俺の身体はなす術もなく揺さぶられ、ガクガクと震える。
あ、あ、ああ、あ。
もう、頭に中は白木しかいない。
「ん、ふ、んっん」
白木の与える快感だけで、他には何も考えられない。
しらき、しらき。
ああん、ん、い、い、く、あああ。
ぐっと白木の体がこわばると、中に飛沫を感じた。
ああああ、んく、ああ。
つられて、俺もまたイク。
あ、あ、っ、ん、あ。
余韻に体が知らず知らず震える。
この余韻も久しぶりで、心地いい。
ぱたっと白木の頭が首筋に落ちてきた。
解放された口から、荒い息が絶え間なく漏れる。
首筋の白木も、はあはあ、息を上げている。
白木が引き抜かれ、隣に倒れこんで、急にふっと白木が笑った。
「…なん、だ…」
「いえ、凄かったなあ、と思って。僕も先生も」
「…うるさい…」
「もう一回、します?」
「やだ、…休憩する、させろ。疲れた、特に顎が」
ずっと口付けをしていたから、顎がだるくて、痛い。
「はは、僕もです」
俺は腹の違和感に手を伸ばすと、べっとり自分の精液がついた。
「拭かなきゃ」
起き上がり離れて行こうとした白木を俺は引き止めた。
もう少しでいい、そばにいろ。
「まだ、いい」
それしか言葉が出てこなかった。
「…ちょっと、だけ。待っててください」
「…いくな、おい」
白木は俺の制止も聞かずパタパタ走って行って、ティッシュを箱ごと掴んで戻ってきた。そして俺の腹や手、下肢をさっと拭きあげると、きゅっと抱きしめてくる。
「すいません、こうしたくて」
なら、許す。
俺も抱きしめ返した。
さすがにあれだけすれば、身体の熱も収まるな。
今はただ、白木の体温や体重が心地いい。
「これって、約束破ったことになりますよね」
白木が残念そうに言う。
「破ったのは俺だ。お前じゃない」
「じゃあ、約束守ったら返事を聞かせてくれるっていうの、まだ有効ですよね」
思わず白木を見上げた。
「…そんなもの、今更聞く必要あるのか」
こんな性行為までしておいて、返事は分かり切ってるだろう。
「でも、好きとか言われてないし」
ああ⁈
「…言わんでもわかるだろう。それともお前は俺が、好きでもないやつとこんっなことすると思ってるのか」
心外だ。
「まさか!でも言葉で聞くとまた違いますよね」
「………」
「ね、先生。大好きです」
かあっと顔が熱を持つ。
白木が言わんとすることは分かる。
だが。
「卒業後で、いいんだな」
「いいですよ」
白木はにっこり微笑む。
「そのかわりちゃんっっと言ってもらいますからね」
「………ああ」
「約束ですよ」
「しつこい!」
それより。
「金曜夕方か、土曜を開けておけ」
「…はい。!まさか、デートのお誘いですか⁈」
嬉しそうに言う白木に、心底呆れた。
「…出来るわけないだろう、ばかか」
「…もう。じゃ、なんですか」
「俺の部屋に案内する」
ぎゅっと突然白木が抱きしめてきた。
「…やば、泣きそうなぐらい、嬉しい…」
「大仰に言うな」
俺は白木の頭をぽんぽんと叩く。
「案内というより、教えるから勝手に来い」
「…お泊まり可能ですか…」
ボソッと白木が呟いた。
「…ま、まあ、お前が可能なら」
「可能です!てか、可能にします!水田に協力させます。やったあ‼︎」
またぎゅっと抱きしめてきた白木に思わず笑みが溢れた。
そんなに喜ばれると、悪い気はしないな。
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