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村雨 第1話
村雨は窓越しにどんよりと重い雲が垂れ込める空を見てため息を吐いた。
この感じだと、もうすぐ雨が降るな……
鞄に折り畳み傘が入っているのを確認すると、自分に気合をいれて立ち上がった。
「それじゃ、外回り行ってきます!」
村雨は雨が苦手だ。
雨の音を聞くと、どうしてもあの日のことを思い出してしまう。
一生忘れられない、忘れてはいけない……
ひとりぼっちになった日のことを……
***
村雨は製薬会社に勤務している。
配属先は営業部。
主に医療従事者のもとへ足を運び、自社製品に関する情報提供やセールスを行っている。
2年目になりようやく一人でも外回りができるようになってきた。
大変な仕事だが、村雨は本来の明るく人懐こい性格に併せて、育ってきた環境のせいで他人の顔色を読んで相手の欲しい言動をすることが得意なので、初対面の人にも気に入られやすい。
先輩に、おまえは営業に向いていると言われたことがある。
村雨自身も、営業の仕事は楽しい。
身体が丈夫なので、どれだけ暑くても、どれだけ寒くても苦にはならない。
ただ、雨の日だけは別だ。
普通は教育係がついてくれるのは最初の数か月だ。
それが、村雨にはおよそ1年ついてくれた。
詳しいことは置いておくが、最大の理由は雨の日にある。
普段はほとんど思い出すことはない、頭の奥深くに押し込めている遠い記憶――
それが雨の日になると嫌でも顔を出してくる。
酷い時には、吐き気や頭痛も伴ってくる。
いくら身体が丈夫でも、これは……精神的なものなのでどうしようもない。
そのせいで雨の日には気分が沈みがちになるので、仕事のちょっとしたミスも気になってマイナス思考になってしまう。
できれば雨の日は訪問に行きたくない。
というか、家から出たくない。
しかし、そういうわけにはいかないのが社会人の辛いところだ。
今日も、雨の匂いを感じながら鬱々とした気分で外回りに出た。
――この時の村雨は、この後に待ち受ける運命的な出会いなど知るはずもなかった。
***
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