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始まりの朝 第60話(春海)【おしまい】
身体よりも精神的な緊張のせいで、思ったよりも疲れていたらしく、春海は結局昼前まで動けなかった。
村雨はその間、今日春海がするはずだった大掃除をしてくれていた。
料理は苦手だと言っていたけれど、掃除は得意らしい。
換気扇やオーブンの油汚れがめちゃくちゃキレイになっていた。
「わぁ~……すごいですね!!ピッカピカだぁ!!」
「こういうのは任せてください!!他にはありますか?」
村雨が得意そうに笑った。
笑顔が眩しい……
元気だなぁ~村雨さん……
何となく年の差を感じて、若干へこむ。
「え~と、じゃあ……一緒に買い物に行って貰えますか?年越しそばとか……」
「はい!春海さん、もう動けますか?まだ辛かったら俺買ってきますよ」
「もう大丈夫です。それに……一緒に行きたい」
「じゃあ、一緒に行きましょうか!」
***
年末年始の準備がこんなに楽しいのは、数年ぶりだ。
年越しそばの他に、手頃な値段のおせち料理も買った。
作るにはもう時間がないし、材料もいいものは残っていなかったからだ。
「たまには違う味のおせちを食べるのもいいんじゃないですか?でも、次の正月は春海さんの手作りが食べたいな」
早めに作っておけば良かったと落ち込む春海に、村雨がそう言って笑った。
次の正月……
一年後も一緒に過ごしていることを前提に話をしてくれることが嬉しかった。
「……はいっ!!」
***
「春海さん、寒くないですか?」
「カイロがあるので大丈夫ですよ!」
夜明け前、初日の出を見るために二人で家を出た。
海や山の上に行くのは無理なので、近場の展望台に来た。
「へ~……」
「村雨さんもカイロいりますか?ちゃんと予備持って――」
「俺は春海さんがいるから大丈夫です」
「へ?」
首を傾げる春海を、村雨が背中から抱きしめてきた。
えっと……あ、もしかしてさっきのって……
「春海さん、今のは嘘でも寒いって言って抱きついてくる所でしょ~?」
「すすすみませんっ!!」
「ふ……まぁ、予想通りの答えでしたけどね」
「ぅ~……ごめんなさぃ……」
「いいですよ。春海さんから来てくれなくても俺からいくだけなんで」
そう言うと、村雨が春海の頭に顔を埋めてきた。
そうか……さっきのは、わたしから村雨さんに抱きつくチャンスだったのか……!
春海は、恋人らしい雰囲気とか受け答えが苦手だ。
照れ症の上、経験値が少ないせいもある。
しかも最近気づいたのだが、共感力を使わない春海はどちらかと言うと、“鈍い”らしい……
村雨がそういう雰囲気を作ってくれても、だいたい春海がぶち壊してしまう。
今まで関係が進まなかったのって、もしかしてそこにも原因があったとか!?
あれ、待って!?
わたし、あの時はちゃんとできてたの?
いろいろといっぱいいっぱいで、雰囲気とか考えてる余裕なんて全然なかったけど……
よし……今年は恋愛についてもっと勉強しよう……っ!!!
「春海さん、ちょっと手貸して」
「ん?」
春海が密かに今年の目標を決めた時、村雨が春海の手袋を脱がせた。
冷たい風が温まっていた手から急速に熱を奪っていく。
「どうしたんですか?」
「ん~?ちょっとね……」
そういうと、何やら手に持っていたものを春海の指にはめた。
「……村雨さん?」
「お、サイズぴったり!」
「……え、これ……って……」
指を目の前に持っていくと、ちょうど山の向こうから顔を覗かせた太陽の光に反射してキラリと光った。
「指輪っ!?」
「はい、ペアリングです」
村雨も手袋を脱いで自分の指を見せた。
そこには、春海の指についているものと同じリングがあった。
「え、なんで……!?」
春海は、村雨にもたれかかって顔を見上げた。
村雨さんとペアリング……すごく嬉しい……っ!
でも、どうしてこのタイミングで?
わたし、何か大事なこと忘れてるのかな……!?
何かの記念日だったのかもしれないと一生懸命考えていると、背後から抱きしめていた村雨が、上から春海を見下ろしてきた。
「本当はクリスマスにこっちを渡したかったんですよ。一応いろいろ渡す方法とか計画も立てたりとかして……でも結局ちゃんとしたクリスマスデートはできなかったし……なんかタイミング逃しちゃって」
「あ……」
「だからって、こんな全然ムードのない渡し方になって申し訳ないんですが……え~と……」
村雨が言葉を探すように首の後ろを軽く掻いた。
「まぁ、だから……なんていうか……何のプレゼント?って言われたら困るんですけど……」
村雨がこんなに言葉を濁すのも珍しい。
う~ん……と唸っていた村雨が、ふっと困ったような顔で笑った。
「うん……これはただの俺のワガママです。
ペアリングつけてたら春海さんが俺だけのものになったような気がするからっていう……
でもまぁ、仕事中は邪魔だと思うんで、こうやってたまに二人でいる時だけでもつけて貰えたら嬉しいかなって……すみません俺、独占欲強すぎですよね――」
村雨は、ちょっと自嘲気味に苦笑いをした。
「つ、つけます!!仕事中も!!ずっと!!」
「え、いや、無理しなくても……」
「無理じゃありません!わたし……わたし、マフラーもこのリングも一生大事にします!!」
独占欲なら……きっとわたしの方が強い……
だって、わたしは……村雨さんとこのままずっと一緒に……いたいと思ってる――
春海の勢いにちょっと驚いていた村雨が、顔をくしゃっとさせて笑った。
いつも見る笑顔よりも、若干幼さを感じる笑顔に、ドキッとした。
「俺は春海さんを一生大事にします」
「……え?」
「だから、ずっと傍にいてください」
村雨が、春海のリングに口付けた。
なんですかそれ……そんなの……まるで――
優しく笑う村雨の顔が、涙でぼやけた。
「わたしも――……」
***
一寸先は闇。
人間いつ何が起きるかわからない。
明日、この世界にもう自分はいないかもしれない。
数分先、この世界から愛しい人がいなくなるかもしれない。
人の命は儚いものだと、いやと言うほど身に染みている二人だけれど、
それでも、未来を信じたいと思った。
二人の未来。
二人で共に歩む未来。
一分一秒でも長く……
同じ刻 を刻 めるように……
自分を大切に、
愛しい人を大切に、
二人で生きて行こう。
「明けましておめでとうございます!今年もよろしくお願いします!――……」
おしまい
***あとがきみたいな何か***
ここまで読んでくださってありがとうございます。
「レイニーデイ」の村雨目線で書き始めた「ティアリーレイン」。
二人は付き合うようになってからも、同性同士という初めての関係に戸惑い、なかなか関係が進みませんでしたが、ようやく一歩前に踏み出しました。
レイニーの終わりに書いてある未来にはまだ追い付いていませんが、ひとまず、「ティアリーレイン」はこれでおしまいです。
(続きは「アフター・ザ・レイン」の方で、のんびりと書いていっています。)
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不器用な二人のことを少しでも気に入って下さったら、とっても嬉しいです!
最後までお付き合いありがとうございました!
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