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始まりの朝 第59話(村雨)

 キレイな顔だなぁ~……  隣で眠る春海の頬にそっと触れる。  初めて『レインドロップ』に来た日、村雨は春海の笑顔に()ちた。  普段の春海は顔を赤くして俯いたり、むくれたり、笑ったり……といろんな表情を見せてくれる。  コロコロ変わるその表情が面白くて、可愛らしい。  黙っていれば少し冷たい印象を与えかねない顔立ちなのに春海がみんなに愛されているのは、その性格と表情の豊かさのおかげだと思う。  だけど……昨夜のあんな春海は村雨しか知らない。  村雨の腕の中で紅潮してどんどん蕩けていく表情(かお)、甘く切ない悲鳴、夢中でしがみついてくる腕、全てが愛おしくてたまらなかった。  ヤバかったっ……何あの可愛さっ!!!!  余裕がなくて甘えて来る春海さん最高かよっ!!  声ヤバっ!!耳元で喘がれたらそれだけで腰にクるっ!!  俺よく頑張った!!!よく理性保ったっ!!!  春海に対して今まで散々やらかしてきた村雨だったが、今回ばかりは理性を飛ばすと洒落にならないので、ギリギリのところで持ちこたえた。    うん、俺よく頑張った!!!(2回目)  でも……一番頑張ったのは春海さんだよな……  村雨が我慢していると聞いて、多分、かなり勇気を出してくれた。  だって、「抱いて欲しい」って言葉は……あんな怯えた顔で震えながら言うものじゃないでしょ……  催促したつもりはないけど、俺が言わせたようなものだよな。  それがわかっていたのに、結局欲望に負けて、春海に甘えて、最後までシてしまった。  後悔はしていない。  いつだって春海さんのことを抱きたいと思っているのは本当だし、これでも本当に大切に想っているので、なるべく春海さんに負担がかからないように精一杯優しく抱いたつもりだ。  ただ……春海さんの優しさに付け込む形になってしまったことが申し訳ないと思う。 「ごめんね……」  ため息交じりに呟いて春海を優しく抱き寄せた。  春海は普段6時頃には起きるが、さすがに今朝は疲れているらしくなかなか起きる気配がなかった。  村雨は起きてから2時間程、たっぷりと春海の寝顔を堪能した。 *** 「ん……ん~……むらさめしゃん……?」  9時頃になって、ようやく春海が目を開けた。  寝惚け眼の春海が、村雨を見てむにゃむにゃと喋った。   「ふ……うん、おはようございます」  笑いを堪えて春海の顔を撫でる。 「ふぇ……え……あ?……ぁあっ!!!」  しばらくボーっと村雨を見ていた春海が、ようやく覚醒して昨夜のことを思い出したらしく、叫びながら布団の中にもぐりこんだ。 「春海さーん?大丈夫ですか?身体とか痛いとこないですか?」 「だだだ大丈夫ですぅぅ~~!!!ごめんなさいぃいい!!!」 「なんで謝ってるの?」 「わたし、昨夜はその……途中から覚えてなくて……あの、あの……いろいろとご迷惑をおかけしたんじゃ……」  まったくこの人は…… 「春海さん、出て来てくださいよ」 「あの、待って、今ちょっと村雨さんの顔が直視できませんんんっっ!!!」 「春海さ~ん」 「ははははいっ!!ちょっと待ってくださいっ!!あの、わたし……」 「愛してますよ」 「あの、あの……へっ?今……なんて……?」 「――春海さん、愛してる」  村雨は、布団の上から春海を抱きしめて顔のあるあたりでボソッと囁いた。 「……」  あれ?春海さん?  さっきまで大騒ぎしていた春海が急に静かになった。 「おーい、春海さん?」 「……っ……っ」  ん?え、ちょっ!!  布団から微かに嗚咽が聞こえてきたので焦って布団を(めく)った。 「春海さんっ!?」  ベッドの上で顔を伏せて丸く蹲っている春海の背中が震えていた。 「あの……春海さん?どうし……あ、もしかしてどこか痛いですかっ!?気持ち悪いとかっ!?大丈夫ですかっ!?」  男を抱いたのは初めてなので、抱かれた側が後でどうなるのかよくわからない。  中出ししたらお腹を壊しやすいらしいからちゃんとゴムはつけていたし、終わってからお風呂にも入れて全身キレイに洗ったし、どこからも血が出たりはしてないからケガはさせてないと思うけど……  村雨がアタフタしていると春海が両手で顔を覆ったまま、のっそりと起き上がった。 「違っ……違うんですっ……嬉しくて……っ」 「……え?」 「わ……わた、わたしもっ……愛してますぅ~……っ」  春海が涙でぐしゃぐしゃになった顔を手で隠しながらしゃくりあげる。  あ~もぅ……ホント可愛いっ!!!  何なのそれ!!うれし泣きって!!  ムラムラするからやめてっ!!また抱きたくなるでしょ!?    村雨は押し倒したい気持ちを抑えつつ春海を抱き寄せた―― ***   「春海さん、ありがとうございます」  春海を抱きしめたまま、起きてからずっと考えていたことを口にした。 「っ……え?」  ようやく泣き止んだ春海が、戸惑いながら村雨を見る。 「昨夜、大変だったでしょ?」 「そ……んなこと……っ」 「俺ばっかり気持ち良くなっちゃってすみません」 「……気持ち良かったですか?」 「はい、めちゃくちゃ良かったです」 「なら良かったです……あ、わたしも……気持ち良かったです……よ?」  春海が力を抜いて村雨に寄り掛かってきた。  さっきまでは全身が強張っていたけれど、ようやく普段の距離感に戻ったかな…… 「ホント?無理してないですか?」 「無理はしてませんよ。言ったでしょ?村雨さんになら、抱かれたいって。村雨さんこそ、わたしに負担かけないようにすごく我慢してくれてたんじゃないですか?」 「え?あ~……まぁそれは……だって春海さんにあまり痛い思いをさせたくなかったので」 「優しくしてくれてありがとうございました」 「いえいえ――」  お互い顔を見合わせてふふっと笑った。    あ~なにこれ凄い幸せ……  村雨は、恋人と迎える独特の何となく気恥しくてくすぐったいふわふわした気持ちというものを、生まれて初めて味わっていた。    同性同士という右も左もわからない恋人関係。  それがようやく一歩前に進めた気がした朝だった―― ***

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