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第1話 真央-mao-
「明日夏 の家って初めてだな、楽しみ」
「そんなに? 狭い家だからびっくりしないでね」
「いや、狭くてもなんでも羨ましいよ。俺は未だに実家で一つの部屋を本棚で区切ってんだぜ? 弟も俺も、気ぃ使うのなんのって。夜、弟がゴソゴソ動いてんのがバレバレでさ」
僕と真央 は酒やつまみの入った袋を手に持ち、蝉の泣き声をBGMに夜道を歩いている。
真央は配達のバイト終わりだから汗をかいていて、前髪がぺったりとおでこにくっついていた。
「それって気付かないフリするの?」
「するに決まってんだろ。お前がもし同じ立場だったら言うの? あれ、今もしかして自分で弄ってるー? だなんて」
「言わない言わない」
「マジで勘弁だよ。お前みたいに可愛いナリしてたら多少は興奮するかもしんねぇけどさ。俺に似て体躯 のいいゴリラだぜ?」
「僕は可愛くないよ」
「可愛い可愛い~。俺、お前とだったらそういうことも出来そうな気がするってマジで思ってるよ。こんなに肌が白くて色素が薄くて貧弱そうな体。守ってあげたくなっちゃう」
真央は僕の肩にがっしりとした腕を回してくる。昔は野球部だったらしく、今も身体作りに余念が無くて毎朝プロテインを飲んでいるらしい。
真央と友達になったのは今年に入ってからだ。いま僕の部屋で待っている櫂 の友人として紹介され、すぐに仲良くなった。
真央は初めて会った時から「可愛い」とか「一目惚れしちゃった」とか言ってきて、僕を揶揄ってきた。
初めは正直照れていたけど、今はもう気にしていない。逆にそうやっていじられないと、どこか物足りなさを感じるようにもなってしまった。
僕は笑いながら、真央の手を引き剥がす。
「もう、暑いから離れてよ」
「あぁー拒否られた。本気なのになぁ。ところでさ、家着いたらシャワー借りてもいい? 超汗かいてんだ」
「うん、いいよ」
「もう二人は来てんだろ?」
「うん。拓海 がこんな暑い中、おでんを作ってくれています」
「うわーマジで? あ、でも拓海って料理上手らしいな。この間もお前の家でなんか作ったって言ってなかった?」
「この間はピザ作ってくれたよ」
「ピザって家で作れんの?」
目を丸くする真央にちょっと得意気になって作り方を教えたけど、途中から興味がなくなったようで適当に相槌を打たれた。これも通常運転なので特に驚かない。
自宅のドアを開けると、冷気を顔に感じて心地良くなる。冷房をガンガンにかけておいて良かった。
すぐそこのキッチンで鍋をぐつぐつ煮ている拓海が笑顔で「おかえり」と言った。
「真央、バイトお疲れ」
「おーサンキュ。ここが明日夏の家かぁー。お邪魔しまーす」
真央と奥の部屋へ行くと、櫂がテレビゲームをしていた。櫂は一度僕達をチラッと見て、すぐに視線を画面に戻した。
「おぅ、真央。バイトっていつもこの時間までやってんの?」
「え、なんかすげースタイリッシュな部屋じゃね? あ、ロフトあんじゃん。いいねー」
真央は櫂の問いかけを無視して部屋を見渡しているし、櫂は櫂でコントローラーを握ったまま敵を倒すのに夢中になっている。
僕は真央にバスタオルを手渡して、バスルームを案内した。
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