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第2話 拓海-takumi-
シャワーの出る音を背後に聴きながら、僕は拓海の隣に立って鍋を覗き込んだ。大根や卵が茶色く染みていて見るからに柔らかそうだ。
「美味しそう」
「もう出来るよ。俺も後でシャワー借りようかな。流石に汗かいた」
「いいよ。いつも作ってくれてありがとう」
「好きでやってるからね。こっちこそ、キッチン貸してくれてありがとう。明日夏の家っていつも綺麗に片づいてるからやりやすいんだよね」
「拓海の家はいつも酷いからね」
「最近はマシになったんだよ。彼女がたまに片付けてくれてたから」
しばらくすると拓海がコンロの火を止めたので、僕は棚から器を取って手渡した。
「彼女さんとは、順調?」
「うーん、もう二週間近く連絡取ってなくて」
「え。それって大丈夫なの?」
「ちょっとだけ離れてみようって提案したんだよ。お互いに余裕がなくなって攻撃することが多くなったと感じたとき、俺たちはよくこうするんだ。大丈夫。より良い関係を築く為にしてることだから」
拓海はお玉で具材を掬って、器に入れながらニッコリ笑う。
僕は生まれてこの方誰かと付き合ったことがないのでよく分からないけど、そうやって工夫しながら交際していく拓海は偉いなぁと思った。
きっと真央だったら、気に入らないことがあったらすぐに別れを決断するだろう。実際、これまで付き合ってきた人数が半端なくて、誰とも長続きしないと言っていた。
テーブルに器を置くと、テレビから視線を外さないまま櫂 が「おー、おでん美味そう」と呟いた。
櫂はどうだろう。
櫂はキリリと釣り上がった目が印象的で鼻が高く、かなりモテる部類に入るのに恋人は大学に入ってから作っていないらしい。高校の頃はそれなりにいたのかもしれないけど、詳しく話したことはない。
全ての具材を器に盛り付け、空になった鍋を洗いながら拓海は言う。
「大丈夫、なんて言ったけど、実はこうして距離を置いてる期間はいつも落ち着かないんだ。もしかしたらもう見切られたんじゃないかってソワソワしてる」
「でも、結局いつも大丈夫なんでしょ?」
「そうだけど、永遠に変わらないものって無いだろ。ずっとあると思ってた近くのコンビニが突然つぶれちゃったり、ずっと見ていられると思ってた人気アイドルが芸能界引退を発表したり。俺とここにいるお前たちとの関係だって」
「僕たちの?」
洗った鍋をもらい、ふきんで拭いていく。
拓海は「そうそう」と言ってエプロンを取りながら、柔和に僕を見た。
「ある日当然、何かがきっかけで信頼関係が崩れるかもしれない。例えそれは針の先くらいの小さな出来事だとしても、糸が絡まって取れなくなって元の状態には戻らなくなるのかもしれない」
「ないよ、そんなこと」
拓海はたまに、物事を難しく考える癖がある。入学してすぐに仲良くなったからもう三年の付き合いだけど、ずっと変わらない。
拓海の性格も鷹揚な笑い方も、僕らとの関係も変わらずにここまで来たし、これからもずっと変わらずに続いていくと思う。
「僕たちはずっと、このままでいると思うよ。喧嘩だってした事無いじゃん。僕は十年後も二十年後もみんなと一緒にいたいし、仲良くしていきたいな」
本心を言うと、拓海はちょっと照れ臭そうに睫毛を伏せた。
「そうだな。俺も、明日夏とずっと仲良く出来たら嬉しいなって思ってるよ」
「うん」
背後のドアが開き、風呂から出た真央が僕たちを交互に見た。
「おでんは?」
「もう出来たよ。あっちに用意してある」
「ていうか真央、下隠せよ」
拓海に指摘されても、真央は足の間を隠そうとしないまま大股で歩いていって、ソファーに座る櫂の隣に腰を下ろした。テレビを指さして声を上げる。
「あー後ろっ! ほら、あそこにいるからっ撃て撃てっ」
「分かってるから。パンツ履けよ!」
櫂にも同じことを言われたが、真央は動こうとしない。
結局やられてしまいゲームオーバになったので、テレビを消し、四人でテーブルを囲んで缶ビールで乾杯をした。
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