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第3話 櫂-kai-

 汗をかきながら熱々のおでんを頬張るのって、とっても気持ちが良い。  美味しいビールと気の合う仲間と笑い合うのって、とっても楽しい。  楽しくて笑って、笑っているから楽しくて。  酔うとすぐに眠くなってしまうから、眠気覚ましにベランダに出てみることにした。  湿気を多く含んではいたが、夜風が強く吹いていて涼しく感じる。窓を閉め切って冷房をかけなくても、網戸で十分事足りたみたいだ。  手すりに頬杖をつきながら星が出ていない空を見上げていると、隣に櫂がやってきた。 「吸ってもいい?」 「うん、いいよ」  櫂は僕を見下ろしながらタバコに火をつけ、紫煙を吐き出した。  部屋の中では、真央と拓海がさっきのゲームでギャーギャー言いながら対戦している。真央の顔が赤い。四人の中で一番酒が弱いのだ。 「櫂はもうゲームやらないの?」 「うん。もういいや。お前が真央迎えに行ってる間もずっとやってたし」 「おでん作るの、手伝わなかったんだ?」 「手伝おうと思ったよ? 声掛けたけど、拓海は別にいいって言うからさ。あいつ完璧主義な所あるから、集中して一人で作った方が早いって思ったんじゃない?」  櫂も頬杖をつく。  拓海をちょっと悪く言ったように聞こえたのは僕の気のせいだろう。  櫂はいつもこんな感じだ。  じっと見つめていると、僕の顔に煙を吐かれた。 「わっ」 「何見てんだよぉ」  ジト目で僕を見つめ返してくる。  ほら、こんな感じ。  櫂なりのスキンシップの取り方なのかも。  櫂の顔が格好良くて、と言うのはちょっと恥ずかしくて適当にごまかした。 「タバコって美味しいのかなと思って」 「まぁ、まずくはないね。ストレス発散になる」 「櫂、ストレスあるの?」 「俺を何だと思ってんだよ。人間なんだからそれなりにあります。お前だって小さな悩み、一つや二つあるだろ」 「うん、そうだね」  僕にだって、一つや二つ。  でも僕はその悩みをこの四人に打ち明けることはしない。  打ち明けたらきっと、四人はバラバラになってしまう。  樫の木の葉がザアッと揺れてこすれる音が聞こえる。  風がやむと同時に、櫂は携帯灰皿でタバコを揉み消した。 「明日夏んち、いいな。初めて来たけど居心地いいよ。また来たい」 「うん、おいでよ」  拓海は何度か来ているけど、櫂は都合が悪くていつも来られなかった。また来てもらえたら嬉しいな。  部屋の中から真央の叫び声が聞こえて、僕の肩がビクッと跳ねてしまったところを櫂に目撃され、クスクスと笑われた。  櫂も部屋の中の二人を見ながらしみじみ言う。 「ずっと、このままいられたらいいよな。大学卒業したらこんな風に宅飲みなんて出来ないかもしれないけど、年に一回くらいは必ず集まったりしてさ」  拓海がさっき、この関係が崩れる日が来るのかもしれないだなんて不謹慎なことを言ったから少し不安になったけど、櫂がそう言ってくれて心の底から嬉しくなった。   「うん。これからもずっと、仲良くしていきたいよ。社会人になっても、誰かが結婚したとしても集まりたい」 「はは。結婚か」 「この中で誰が一番早いかな」 「あー、まぁ普通にいけば拓海だろうな。いや、案外、あんまりこだわりとか執着心がないカラッとしたタイプの真央が早いのかも」 「櫂は自分で遅いと思うの?」 「うん。結婚するメリットがよく分かんないし。俺、きっとしないんじゃないかな」 「ふぅん」  櫂って、人と恋愛することに臆病なのかな。  訊いてみようかと思ったけど、櫂は窓を開けて部屋の中へ入ってしまったので訊けなかった。

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