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6*性描写
剥き出しの胸や腹に触れる布の感触がこそばゆく、ブラックドッグは身を捩った。触れたことのない滑らかさが、アレウスが動く度に肌の神経を刺激する。
「気に入らねえ……」
「何がだ」
「てめえも脱げ。服なんか着てんじゃねえよ」
覆い被さるアレウスの纏う、生地の名前など知らない緋色の衣。つい先日までは腰布だけを身につけることを許された奴隷剣闘士だった男が、貴族のような出で立ちをして見下ろしてくる。
「いい生地だ。旦那様が与えてくださった」
「まだ奴隷のつもりか。もうてめえの主じゃねえだろうが」
「そうだな……」
相槌を打ちながら、アレウスはブラックドッグの太い首筋に顔を埋めた。べろりと褐色の肌を舐め、吸いつきながら頭を下ろしていく。
櫛の通った金髪の頭を押さえながら、脱がねえのかよ、とブラックドッグは文句を垂れる。
「せっかく消えた背中の傷を増やされたくはない」
「最後にもう一度、でけえ傷を刻んでやるよ」
だから脱げ、物騒に宣言すると、アレウスは呆れたように目を細め、衣の留め具に指をかけた。衣の袖を抜き、皺になるのを構わず寝台の下へ放り投げ、ついでに下履きも脱ぎ去った。露になった下肢がすでに勃起を示していることに驚くよりも、腹部の中央に走る傷痕にブラックドッグは眉を顰める。
「……酷いな」
セネカに剣で串刺しにされた箇所は、一月経過した今では完全に塞がっているが、変色し引き攣れた痕は見るに痛々しかった。ダレントからは、傷痕に蛆を垂らし、薬草を練り込み、縫合し、塞がるまでの間アレウスは激痛に魘されていたと聞いている。
「背面にもある」
「腹に穴開けられてよく生きてたもんだな」
「貴様が引き戻したんだぞ」
顔の横に腕を突き、再び被さってくる男を見上げた。
「意識を失う直前、叫び声が聞こえた。何を喚いているのかさっぱりだったが、観衆の声以上にうるさかった。腹が立ったから戻ってきたんだ」
「……当然だ。俺と寝てまで得た機会を無駄にするなんざ許せねえ。何のためにあんな思いしたと思ってる」
「あんな思いとは?」
「趣味の悪い貴族の前でてめえに組み敷かれて犯されて、最低最悪の気分だった」
「今もそうか?」
アレウスの皮膚の厚くなった硬い指先が、筋肉に盛り上がった胸元を這う。割れた腹筋の溝を辿りながら下りていく指を感じながら、ブラックドッグは低い声で返答した。
「最低の気分だが……あの時ほどじゃない」
白い手が、剣闘士の唯一身に纏った腰布を取り去る。わずかに反応を示している下肢にアレウスは頭を埋め、竿に舌を這わせた。
「…ぅ、……」
亀頭を這うざらりとした感触に息を詰める。そのまま熱い粘膜の中に導かれ、ブラックドッグの唇の合間からは吐息が零れ落ちた。
「ぁ、……は……っ」
口内に満ちた唾液を舌先で塗りつけ、じゅぽじゅぽと淫猥な音を立ててアレウスは重量感のあるペニスをねぶった。輪郭に舌の表面と唇をぴたりと沿わせ、吸いつきながら濡れた口内に出し入れする。半端に芯を持っていた昂りはすぐに膨張して硬くなり、先端からじわりと透明な液体を溢れさせた。
ブラックドッグは内腿を引き攣らせながら、男性器に与えられる直接的な刺激に堪えるように、アレウスの金糸を掴んだ。
「何でてめえしゃぶるの慣れてるんだ……」
「ふ、……」
「もしかして、前みたいなの、何度かしていたのか」
ぢゅう、と先端の滴が吸い取られ、熟れたペニスが赤い粘膜の中から解放される。血管を浮かせびくびくと震える屹立に温い息を吹きかけながら、アレウスは濡れた瞳で見上げてくる。
「金のためだ。貴族の男をしゃぶるだけでなく、抱くこともしたし、逆もまた受け入れた」
伸びた赤い舌先が先端の割れ目から零れる液体を掬い、捩じ込むようにぐりぐりと刺激する。堪らない快感に、低い唸り声が喉から漏れる。
「っあ、……」
「失望するか? これがヴァレンティーナの筆頭剣闘士かと」
「最初から、てめえには期待も希望も持ってねえ……」
必要なことだったからしたのだろうとしか思わない。少しでも早く家族のもとへ戻るためならば、手段は選べなかったのだろう。もっとも、もし自分が同じ立場であれば、受け入れたかどうかはわからない。
「貴様は、男と交わるのはあの夜が初めてだっただろう」
「当然だ……何度もある訳ねえだろ」
「その割には随分と感じていたな」
「だから薬のせいだと……てめえだらだら舐めてんじゃねえよ、早く終わらせろ」
焦れったく施される口淫に我慢ならず、形の良い頭を押し退けた。ぶるんと跳ねたペニスが、アレウスの頬を叩く。
「気に入らないか」
「気に入るも気に入らないもねえ。てめえのその最後の願いってのを早く終わらせてとっとと出て行けって言ってんだ」
息も荒く突き放したように言うと、アレウスは股間から顔を離して寝台の脇に準備していた小瓶を手に取った。コルクを抜くと、中身の液体を、天を向くブラックドッグの屹立にとろりと垂らす。
「っ……」
「膝を立てろ。解す」
冷たさに怯みながらも、ブラックドッグは言われた通りに膝を立て、そろりと脚を開いた。竿を伝う香油が張った陰嚢を滑り、その奥の窄まりまで下りていく。
アレウスの硬い指の腹が、まだ緊張で強張った穴の周囲をぐるりと撫でる。揉み解すように刺激する感触が何とも言えず、ブラックドッグは意識しないよう呼吸に専念していたが、突然ゆっくりと侵入してきた指先に息を詰めた。
前は強制的に弛緩させる薬があったが、今夜はない。
「力を抜け」
「っふ、……」
「早く終わらせろと言ったが、ゆっくりやらせてもらうぞ」
中を濡らすように、香油を纏った指が先へ進んでくる。異物感があったが、入り口を柔らかく解したためか痛みは身構えた程なかった。
アレウスは何度か香油を注ぎ足し、過度でないかと思うほどに局部を濡らす。ぐちゅぐちゅと水音を立たせ、アレウスの指はブラックドッグの中へ抽挿を繰り返した。指を増やし、肉壁を広げていく。
ブラックドッグが異物感に慣れた頃、中に埋まった三本の指は探るように蠢いた。自分でも、腹の中はどうなっているのかわからない。アレウスの指が中の何かを刺激した時、下腹とペニスにじわりと甘やかな感覚が広がるのがわかった。
「ぅ、あ……」
あの時は、知らずに飲まされた媚薬の引き起こす忌々しい感覚だと嫌悪した。だが薬を用いていない今宵も同じ感覚がある。
「大丈夫そうだな」
「な、にが……っ」
「感じている。これも萎えていない……むしろ、さっきよりも濡れている」
「ッあ!」
じんじんと痺れたような快感の走るペニスの先を握られ、ブラックドッグは片足の踵を浮かせた。搾るように扱かれ、鈴口から先走りが止めどなく溢れ出て、香油に濡れたアレウスの手をさらに濡らす。
「暴れるな」
「ぅ、や……ッア、両方、弄るの、やめろ……!」
「だが気持ちいいだろう」
「…馬鹿、あ、出ちまう、…っで、る……ッ」
「いいぞ、出せ」
腹の中の一点を押されながらペニスをぎゅうっと搾り出され、ブラックドッグは声もなく達した。びくびくと爪先が引き攣り、痙攣する褐色の腹に白く濁った液体が飛び散る。目を瞑って短い絶頂をやり過ごす間に、体内に埋まる指は抜け出て行き、息を整える間もなく膝を折られて抱え込まれた。触れたアレウスの白い肌は、仄かに紅潮していることからわかるように、熱い。
窄まりに触れた塊の大きさ、熱さ、硬さ。霞む視界で見上げると、アレウスは白い額の端に細く青白い血管を浮かせ、熱い息を繰り返している。
「はぁ、…っ……待て、ゆっくりやらせてもらうって、言ったよな」
尻の狭間に当たる怒張が、今すぐ入りたいと言わんばかりに小さな窄まりを硬い亀頭で撫ぜる度、下腹部がぞわりと恐怖のような、期待のような、得体の知れない感覚に犯される。
「貴様の中に入ってから、たっぷり時間をかけてやる」
あの時と同じ、余裕のない表情。皺の寄った眉間から、ぽたりと滴が落ちてくる。
膨らんだ亀頭が、ぐぬ、と入り口を押し拡げてブラックドッグの身体の中に入ってくる。
「っぉ、あ、ア゛……っ」
少しずつ、肉を切り拡げて先へ進んでくる。亀頭のくびれで腸壁を擦りながら、ゆっくりと。
酷く緩慢な挿入が一度停止すると、アレウスの熱い掌は波打つブラックドッグの褐色の下腹に触れ、筋肉の隆起を辿って上へ這い上がってきた。
しっとりと濡れた首筋に触れ、熱い頬を撫で、汗に濡れた短い黒髪を掻き撫でる。
恍惚とした吐息が、ブラックドッグの上に落ちてきた。
「腹の中……熱く、柔らかく、食い締めてくる」
「は、っ、あ……ぁ、もう、満足したか……?」
下腹を引き絞ると、中に埋まったペニスがびくりと震えるのがわかった。
「始めたばかりだ……たっぷり時間をかけてやると、言っただろう。聞いていなかったか?」
ぐちゅ、と淫らな水音を立てて怒張がわずかに退き、そして腸壁を穿った。故意にゆっくりと、緩やかに、柔らかく。絶頂を先延ばしにするように。
「ンっ……ぅ、せいぜい、すぐに果てちまわないように、気張っとけ……」
「俺への気遣いは無用だ……するなら早漏の自分を心配しろ。前のように、いきすぎて意識を飛ばすな」
「ああ……? 早漏じゃねえ、し、誰が意識飛ばすか……。てめえの背中に怪我負わせてやるんだよ俺は」
「そうだったな」
ふ、とアレウスが目を細めて笑う。何だその顔は、と虚を突かれたブラックドッグは食い締めた唇を無防備に開き、見下ろしてくる男を見上げた。アレウスはブラックドッグの短い黒髪を掻き撫ぜながら、ぐっと顔を近づけた。
「ふ、……ん、ぅ……っ」
揺れる湖畔の水面が、視界に広がっている。ひとつも見逃すまいと、ブラックドッグの暗夜の色の奥を覗いている。
唇の合間を潜って入り込んだ熱い舌が歯列をなぞる。押し開き、厚い舌を絡めとり、ぬらりとした感触の舌の裏を撫でる。
ブラックドッグが困惑する中、止まっていた抽挿は再開した。ずぐりと、腹の奥に熱が灯る。
「ン゛んっ、……ぅ、ウ、ん」
たん、と濡れた尻たぶにアレウスの膨れ上がった陰嚢が当たるのがわかる。竿を根本まで飲み込んだのだ。
ずるりと抜けて行き、再びゆっくりと進んで奥へと辿り着く。張り出た亀頭が肉壁を擦るのが堪らず、ブラックドッグは手元のシーツを握り締め、はたと気づいて太い腕をアレウスの背に回した。
「……っは」
合わせた唇が、舌を吸いながら離れていく。合わせている間は熱心に見つめていたアレウスはゆっくりと瞼を閉じ、長く吐息を押し出すと、深く屹立を突き立てた。
「アっ!?」
強く揺さぶられる。あの夜、強引に攻め立てられたように。ただひとつ違うのは、射精するために交わる獣のまぐわいではないということだった。ブラックドッグを穿つアレウスの動きは、激しくはあっても、独善的で乱暴ではなかった。むしろ、どうしてか優しく、慈しまれているように錯覚した。
「あ、ァ……ッ、ゃ、ア゛……ッ!」
「……ブラックドッグ」
貫かれながら、耳元に湿った声が落ちてくる。
ブラックドッグは応えるように、アレウスの白く広い背に爪を立てた。
激しい抽挿は何度も何度も敏感になった粘膜を擦り、奥を拡げるように突く。ぞくぞくと足裏から震えが這い上がり、ブラックドッグは強張る指先に力を込めた。腹の中がうねり、ペニスの先が痛いくらいにじんじんと痺れる。
引き攣れた喘鳴を上げながら、果てた。二度目の絶頂は、一度目よりも強烈で、重くて、疲れた。
「ブラックドッグ……」
「っ、……う……」
滲む涙が遮って見上げても目の前の男の表情はわからない。下りてくる声に、意味をなさない音を絞り出す。
「教えてくれ……自由になりたいか」
「あ……」
「ブラックドッグ」
「……ぅ、ああ……ヤーラに、帰りたい……」
口に出した途端、情景が鮮烈に広がった。石畳や砂ばかりのヴァレンティーナにはない生い茂る緑、下水の臭いのしない清らかな川の流れ、木々の間から飛び立つ鳥たち、狩猟から逃げる鹿の群れ、青葉の形をくり貫いて落ちてくる太陽の光。
焼けてしまったあの場所に帰れたら、どれほど幸せだろう。
「そうか……いつか……」
訥々とした穏やかな声音が、ヤーラの自然の中で囁かれた。ブラックドッグはその情景を抱えるように、指先に力を込める。
翌朝、目覚めるとブラックドッグは屋敷の部屋の寝台に横たわっていて、すでにアレウスの姿はなかった。
情事の痕色濃く、気怠い身体を引き摺って露台へ出ると太陽の光が差していた。外を見下ろすと、正門の近くに数人の衛兵と剣闘士たちが群がっていた。
少ない荷物をまとめた皮袋を背負ったアレウスは、ブラックドッグの佇む露台を一瞥してから、養成所に背を向けて正門から堂々とヴァレンティーナの町へ出て行った。
アレウスが養成所を去ってからも、ブラックドッグは変わらず鍛練に励んだが、あの男ほど歯ごたえのある相手は養成所にも、闘技場で対峙する相手の中にも滅多になかった。
ブラックドッグがヴァレンティーナの筆頭剣闘士と呼ばれるようになって二年後、ブラックドッグを譲り受けたいという男が現れ、興行師であるスプリウスは惜しみながらも大金を受け取り、かつて捕らえた山の民である剣闘士を手放した。その男は葡萄農園の運営を生業にする者で、かつてヴァレンティーナの闘技場で筆頭剣闘士として名を馳せたアレウスという男だった。
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