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00.prologue(1)

「ジーク……」  名を呼ぶ声と共に、生暖かい呼気が耳にかかる。  ジークと呼ばれた青年は応えるように吐息を漏らし、数秒後、不意にぱちりと目を開けた。 「!」    一瞬、何が起こっているのか分からなかった。  明け方――いつものように騎士寮の一室で目を覚ましたジークは、自分が誰かに組み敷かれているのに気付いて絶句した。相手はルームメイトの男だった。 (な、え……?!)  男はジークにのし掛かり、吸い寄せられるように首筋に顔を埋めてきた。  そればかりか、次には唇を重ねられそうになり、ジークは咄嗟に顔を逸らした。思い切り相手を突き飛ばし、転がるようにしてベッドを下りる。 「どこ行くんだよ……」 「どこって、……!」  血走った目で、低い呟きと共に、すぐさま追いかけてくる男の手首を掴み、そのまま床へと押さえ込む。お互い体術は身に付いているはずだったが、腕はジークの方が上だった。  男は振り仰ぐようにしてジークの顔を見た。その眼差しは妙にぎらついていて、前日までの彼のものとは明らかに違って見えた。 「お前が誘ったんだろ……っ」  挙げ句、まるで身に覚えのない言いがかりをつけられ、ジークは更に混乱する。知らず彼を捕らえる手にも力が入り、 「いっ……!」  それによって男が悲鳴を上げたのをきっかけに、ようやくはっとして手を離した。 「お前のその匂いなんだよ……ジーク」  匂い?  問い返したかったが、乾いた喉が張り付くようで声が出ない。  男は解放された腕を擦りながら起き上がると、ふたたびジークの方へと踏み出してきた。  その手が頬へと伸ばされて、指先が肌の上をツ、となぞる。その感触にざわりと背筋が粟立ち、ジークは弾かれたように身を退いた。 (え、え……?)  余韻として残るのは何故か甘い痺れのような感覚で、 (何だ、これ……?)  ジークは思わず口許を手で覆った。  遅れて頬が熱を帯びていることに気づき、ますます気が動転する。 「そんな目しといて……、なんで逃げるんだよ!」  次の瞬間、ジークは部屋を飛び出していた。すぐに背後から責めるような声が追ってきたが、それに構うような余裕はなかった。

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