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♥01.抗えない夢と血(1)

(そう言えば、昨夜は夢を見た気がする……)  王宮を後にして、極力人目を避けながら城下町を抜け、辿り着いた深い森。そこに踏み入った瞬間、ジークは不自然なほど唐突にそのことを思い出した。  夢の中で、ジークは黒髪の――濡れたように黒い長髪の女に背後から抱き締められていた。そうしながら、彼女はそっと囁いた。「ジーク……」と、誘うように、ひどくあでやかな声で。  そしてジークはそれに答えたのだ。「はい」と――。 (ジーク、って……確かに言ったよな)  記憶を辿るうち、耳に直接吐息を注ぎ込まれるような、生々しい感覚まで蘇ってくる。  頭から黒い布を深くかぶり、草を踏みしめて先を急ぎながらも、ジークの頭の中は次第にそのことばかりに塗りつぶされて行った。 (……?)  やがてジークは足を止めた。夢だと思っていた声が、ふと現実に聞こえたような気がしたからだ。 『ジーク……』  頭に直接響くようなその声に、気がつくとジークは「はい」と答えていた。彼女はふふ、と色めかしく笑い、それからふっと気配を消した。  いったいなんだったのだろう。白昼夢でも見てしまったのだろうか?  少しだけ我に返り、ジークは僅かに首を捻る。その刹那のことだった。 「っ!」  ジークの身に、明らかな異変が起きた。  動悸が一気に激しくなり、たちまち肌に汗が浮かんだ。全身の血が滾るように身体が火照り、呼吸が乱れる。生理的な涙に瞳が滲み、強い目眩のようなものを感じて、危うく立っていられなくなった。  いまにも足元から崩れ落ちそうになるのを、とっさに手近な木の幹に手を伸ばし、辛うじて堪えた。 「な、んだ、これっ……」  呟きを掻き消すように、周辺の木々がひときわざわめく。 「……っ、は」  何もしていないのに、腰の奥がどんどん重くなっていく。逆上せたみたいに頬が上気して、吐息が艶めかしく熱を帯びていくのを止められない。  そんな身体が何を欲しているのかを理解した時、ジークは愕然とした。嘘だろ、と信じ難く頭を振った。  けれども、自分でどんなに否定しても、下腹部の布地の下では、即物的な反応が増すばかりだった。  少しでも気を抜くと、無意識に手が伸びそうになる。その指先をきつく握り込み、ひたすらそんな自分を振り払おうとした。  痛いくらいに張り詰めた下腹部から努めて意識を逸らし、木の幹によりかかるようにしながら、なんとか足を前に出す。 「ふ……、――ぁ…っ!」  と、がくんと膝が抜けそうになり、その刺激に思わず甘い悲鳴が漏れた。そんな自分の反応に、頬がひときわ熱を持つ。  これもサシャが言っていた〝別の血〟の影響なのだろうか。同僚に目付きや匂いを指摘された時はここまで自覚するような症状は出ていなかったが、それ以外に思い当たるふしがない。  そもそも、ジークの中に眠っていた、魔法使い以外の血とは、いったい何だと言うのだろう?  詳細を聞こうにも、サシャはそれを良しとしなかった。今はまだ知らない方がいいとしか教えてくれなかったのだ。理解すれば理解するほど、血の効果は強く表れてしまうからと。  しかし、実際にはそれを理解するまでもなく、すでにジークの身体はまるで自分のものではないような状態になっていた。サシャのかけた抑制魔法の効果も完全に切れてしまったのだろう。 「…っは、ぁ……っ」  瞳の際から涙がこぼれる。身体中が熱くてたまらない。もうこれ以上は我慢できない――。

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