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04.アンリとジーク(1)
* * *
リュシーが邸に戻ると、玄関を始めとして行く先々の扉が勝手に開いた。
導かれるようにしてアンリの作業部屋 に踏み入ったリュシーは、示唆されるままに壁際のカウチへ足を向ける。そうして、未だ意識を取り戻すことなく無防備に眠るジークの身体をそこに横たえると、軽く背筋を伸ばしながら、窓際に立っていたアンリに報告をした。
「何か、その匂いのせいか、狼が群がってました。……見てたと思いますけど」
ちらりと目を向けた机上には手鏡が置かれていた。
アンリの眷属であるリュシーには、リュシーの見たものがそのままアンリにも見えるという魔法がかけられている。アンリがその気になりさえすれば、いつでもその手鏡にリュシーの視界が映し出されるという契約魔法だ。
もともとこの界隈――翡翠の森と呼ばれるアンリの魔法力が及んでいる範囲なら、そんなことをしなくても俯瞰的に様子を窺うことはできる。けれども、リュシーを介した方がより精度が高く、より鮮明な映像を得ることができるとのことだった。
ちなみに、リュシー本人には何の変化も表れないため、いつどこで何を見られているかを感知することはできない。――できないけれど、少なくとも今回はしっかり見られていたのだろう。そうでなければ、目の前のドアが勝手に開いたりはしないはずだ。
「貸しイチって言ってました」
眷属であるリュシーには断れない一方的な主従関係。せめてもの救いは、それにより伝わるのは映像のみで、声や音はそこに含まれないということだった。
「……えっと、あの、隻眼が」
それを踏まえての補足だったのだが、そこに返る声はなかった。代わりのように溜息をついたアンリの態度に、リュシーは小さく肩を竦め、
「じゃあ……まぁ、そういうことで」
言うなり、ふっと擬人化を解いた。
久々に擬人化したのが堪 えたのだろうか。それとも、擬人化したまま大の大人を抱えて飛翔するなんて、めったにないことをしたからか。
どちらにせよ、思いの外身体が疲弊していた。
「少し寝かせてもらいます」
リュシーは鳥籠の止まり木 に戻り、目を閉じた。
それを尻目に、アンリは改めてジークの姿をじっくりと眺めた。
上気した肌には薄っすらと汗が浮かび、胸元はずっと忙しなく上下している。淡く染まった頬に、熱を帯びた艶めかしい呼吸音。何より、ジークの全身から漂ってくる甘い香りが不自然なほどに官能を刺激する。
足下から這い上り、まとわりつくようなその香りに誘われるよう、ゆっくりと踏み出したアンリは、
「なるほど……確かに珍しいな」
間もなくジークのすぐ傍に立ち、薄く開いたままの唇にそっと触れた。
「たったこれだけの些少な血に、ここまでの効果が表れるとは……」
呟くアンリの指先を、湿った吐息が何度も掠める。探るように隙間を撫でてみると、濡れた舌先がすぐさま絡みついてきた。ジークの意識に関係無く、身体が勝手に反応しているようだ。
「――いいだろう。とにかく一度楽にしてやる」
アンリは微かに口角を引き上げ、温かな口内から指を退 いた。その指で顎をとらえ、次にはのし掛かるようにして唇を重ねた。
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