13 / 146
05.昨日の記憶(5)
(リュシーさんか……優しそうな人だな……)
一人になったジークは、安堵の息をつきながら、改めて室内を見渡した。
8畳ほどの簡素な部屋には、ジークが横になっていた大きめのベッドと、その横に、数段の引き出しのついたサイドテーブルが置いてあった。その上には、リュシーが先ほど運んで来た水差しとグラスが乗っている。
他にあるものと言えば、リュシーが出て行った出入り口近くの壁際に、整然と積まれたいくつかの木箱と、その上に乗せられた大小様々な麻袋――。
それを何気なく目で辿っていると、うち一つが見慣れた帆布の袋 であることに気がついた。
自分が使っている物よりも幾分きれいに見えるけれど、使い古されてくったりとした様相は変わりなく、何より蓋の端にはしっかりと〝Siegrid 〟との刺繍 が施されていた。間違いなく、ジークが持参した物だった。
(そういえば、あの手紙……)
そこからふと思い出したことがあり、ジークはおもむろにベッドを下りた。
ずれかけたストールを直しながら、自分の荷物の傍に行き、袋を開ける。しかし、そうして中を探ってみても、目的のものは見つからなかった。
「あれ……?」
そこでようやく、視界の端に入った窓から――遮光カーテンの隙間から、明るい陽光が差し込んでいることに気が付いた。
いつのまにか夜が明けている。
「え……え?」
ジークは窓際まで歩み寄ると、勢いよくカーテンを開けた。
「……っ」
眼前を真っ白く塗りつぶすかのようなまぶしさに、思わず顔の前へと手をかざす。
少しずつ目が慣れてくると、そこにはまるで見覚えのない景色が広がっていた。
「え……、ていうか俺……、いつ……どうやって、ここに……?」
呟くと、背筋を冷たい汗が伝った。
ジークは改めて記憶を辿った。昨日の、特に森に入ってからのことを必死に思い出そうとした。
けれども、辛うじて引き上げられたのは、あの不思議な声を聞いたこと――そしてそれに自分が答えてしまったこと、それから身体に異変が起きて、やがて立っているのもやっとになり、
「あ、あの時……俺――」
そしてすがるように取り出した、あの封書のことだけだった。
記憶はそこでぷっつりと途切れていた。
当然だ。その直後には、ジークは意識を手放してしまっていたのだから。
ともだちにシェアしよう!