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10.意識がある中で(2)
「昨夜……え、えっと」
アンリがジークの方へと一歩踏み出す。かち合ったその眼差しが、ジークをその場に縫い止める。
深い朱色の光沢を帯びた双眸が、ジークの青みがかった黒い瞳を値踏みでもするかのように見つめていた。
距離を詰められ、手を伸ばされる。
その指先が、ジークの顎先に触れた。
――どくんと大きく心臓が鳴った。
「えっ……あ、な、何……っ」
アンリに触れられたとたん、かくんと足から力が抜ける。|頽《くずお》れそうになった身体をわかっていたみたいに引き上げられて、慌てて「すみません」と身を退こうとしたけれど、それすらままならなかった。
せめてもと、アンリの肩や腕に両手で掴まり堪えてみたけれど、今度はその拍子に持っていたストールがするりと抜け落ちてしまった。
「っわ……ぁ!」
とっさにそれを掴もうとするが、すんでの所で届かない。しかもそのまま、一気に視界がぐらりと傾いで――。
「何をしている」
耳元に、呆れたような声が落ちる。
かと思うと、次にはぐっと腰を引き寄せられて、
「……っ」
気がつくと、ジークはすっぽりとアンリの腕の中に抱き留められていた。
そしてその瞬間、
「――っ、あ、ぁ……!?」
鳴りを潜めていたあの香りが、弾けるようにして周囲に舞い上がった。
「な、なに……なんか、俺っ……」
ジ、と思考にノイズが走る。
纏わり付くようなそれが濃くなるにつれ、酩酊したみたいに意識が揺らぐ。
そこでようやくジークは気が付いた。
いつのまにか、身体が再び熱を帯びている。まるでギルベルトとの 感覚を思い出したかのように、自身がしっかりと兆していることを自覚していっそう動揺する。その時のこと なんて、頭ではほとんど覚えていないのに――。
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