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13.ひと月後(4)

「……合ってます」 「え?」 「その花です」  ジークが見つけたそれは、〝霧霞(きりかすみ)の花〟――たった今、リュシーが「見つけにくい」と言ったそれに違いなかった。 「……じゃあ、これを」  リュシーは内心驚きながらも、バスケットから取り出した小瓶ーー手のひらサイズのーーを差し出した。 「花を傷つけないように、ゆっくり傾けて採取してください」  花の大きさは1センチほど。花が咲いていない状態は他の雑草に紛れて見分けがつかない。おまけに、地面から引き抜けば早々に枯れてしまうので、鉢植えにすることや栽培することもできない貴重なものなのだ。 「やってみます」  ジークは言われた通り、慎重に指先で花に触れた。  蓋を開けた瓶の口へと傾ければ、水のようにさらりとした雫が一滴、伝い落ちてきた。花の大きさの割りに、蜜の量は多いらしい。  とは言え、一つの花につき、そのひと雫のみである。 「それを繰り返して、その瓶をできるだけ一杯にしてください」 「えっ……」 「最低でも、半分ほどは」 「半分……」  言われて、ジークは改めて周囲を見渡してみたが、そこにあったのはその花一輪だけだった。 「運が良ければ、群生しているのに出会えますから」  リュシーがにこりと笑みを浮かべる。  ジークは持っていた瓶を軽くかざした。どう見ても内側にうっすらと濡れた線ができただけだった。「考えるな」、と思考をリセットするように、首元でチリンと鈴の音がした。  *  *  *  もし――万が一はぐれたと思った場合は、動かずじっとしていて下さい。  今日は日が落ちるまで霧は晴れないので、絶対にそれを守って下さい。  そうしていれば、必ず俺が見つけ出しますので。 「……すみません、リュシーさん」  ジークはリュシーに言われたことを思い返しながら、近くにあった大木の根元で足を抱えていた。  一つ目の花からしばらく収穫がなかったものの、リュシーと共に小さいながらも群生地を見つけたあとは、何となくその香りが分かるようになった。  それがいまだ不安定なジークの魔法使いの血のせいなのか、あるいは変えたばかりの薬のせいなのかはわからないが、ともかくその後はそれまでの数倍ははかどったのだ。  だがそれが(あだ)となった。  気が急くままに先へ先へと足を進めてしまったジークは、気がついた時にはリュシーの姿を見失っていた。  しゅんと視線を手元に落とせば、握っていた小瓶が目に入る。中にはなみなみと蜜が入っている。  言われた仕事はちゃんとこなせた。そのせいではぐれてしまったわけだから、どっちがいいのかは分からないけれど……。  *  *  * 「……あのばか」  リュシーは吐き捨てるように呟いた。  リュシーの持つ瓶を一杯にするには、あと一つ大きめの群生地を見つければというところだった。  だからというのも大きかったのだろう。 「……まぁ、少しなら平気か」  いつのまにか随分離れてしまったようだが、耳を澄ませばまだ鈴の音を捕らえることができる。それが聞こえているうちは完全にはぐれてしまったとは言えないだろうと、そう判断したリュシーは、もう少しだけそのまま作業を続行することにした。 「さすがに動き回ることはねぇだろうし……」  一月(ひとつき)ほどの付き合いではあるけれど、分かりやすいジークの性格は大体把握している。  それなら後は自分が気をつければいい。音が途切れてしまわないように、それだけを意識していれば何とかなるだろう。  時刻は昼下がり――日が沈むまでにはまだ時間がある。  霧は濃いが、明度はある。  リュシーは小さく頷いて、再び霧霞の花を探し始めた。

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