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15.霧の中で(7)
* *
立ちこめる濃い霧のせいで、1メートル離れれば姿が霞む。2メートルも離れればもう何も見えない。
それは相変わらずいまも同じで、
「ギル……?」
なのにラファエルは、その姿がまだほとんど見えないうちからそう呟いていた。
まもなくばさりと羽音を立てて地上に降り立ったのは、黒銀の髪に同色の瞳、褐色の肌にリング状のピアスをした、どこか軽薄そうな男――ギルベルト。
ギルベルトは地面に足が着くと同時に羽を消し、お互いがしっかり目視できる距離まで足を進めた。
「どうしてあなたがここに」
「んなの、俺さまはもちろんこの匂いに……」
(こ、この人……!)
その相貌をはっきりと認識した瞬間、ジークは息を呑んだ。
彼にもまた覚えがあったからだ。というか、むしろこの男の方がラファエルよりもしっかりと記憶に残っていた。
「匂いって、何のことですか?」
「は? わかんねぇの?」
そう、若干ばかにしたように言った彼は、あの日、ジーク を襲おうとした男に違いなかった。
けれども、あまりに普通にラファエルと話しているからだろうか。ジークの心境は思いのほか落ち着いていて、言うほどの嫌悪感も恐怖心も感じられない。
それどころか、
(この二人……元々知り合いだったのか)
そう言えば前回もそんなふうに見えたような気がしないでもない……。
そんなのんきなことを考えながら、ジークは傍らに転がっていた小瓶に手を伸ばす。
今朝飲んだ薬の効果にはむらがあるのだろうか。それともラファエル の何かが作用しているのか。
どちらにせよ、先刻幾分落ち着いた波は、今のところ凪いでいる。鼓動は依然として早く、身体の奥底の違和感は消えないものの、思考能力は確実に戻ってきていた。
ジークは無意識にほっと息をつく。
このまま熱が冷めてくれれば――この程度で済むのなら、今後同様の事態になったとしてもきっと自分は堪えられる。辺りに誰もいなければ、衝動が収まるのを待てばいいだけだ。
さっきは目の前に獲物 がいたので、がっついてしまったが、一人きりならば何事もなくやり過ごせるだろう。
――大丈夫。
自分にそう何度も言い聞かせるように心の中で唱えていると、
「嘘だろ、こんな匂ってんのに」
ギルベルトが不意にジークを指差した。
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