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16.呼ばれたから(1)

 コンコンと扉を叩く音がする。  それをさらりと無視して、アンリは持っていた試験管を軽く振り、手をかざしたまましばし静止する。  ややすると中の透明だった液体が白く濁り、それから虹のような流動的な色合いを経て、再び無色透明に戻った。  アンリは小さく吐息して、それを窓際に置かれた試験管立てに戻す。傍らにはいつもの手鏡が伏せてあった。  そこで再び扉を叩かれる。さっきより少し強い音だ。  扉の外に立っていたのは、ロイだった。ロイが肩にジークを担ぎ、他方の《《手のひら》》にリュシーを乗せて、尻尾でバスケットを引っ掛け扉をつま先で蹴っていた。 「……」  アンリは魔法で玄関の扉を開けた。  相手が誰であるのか予想がついていたからだ。  リュシーにかけられている魔法の効果により、森の中で出会った相手の顔は見えていた。  彼と出会ってから不自然にリュシーの視界が閉ざされたり風景ばかりになっていたが、見えていた範囲のことなら把握できている。  意外と蜜の収集がはかどっていたことや、その途中でジークとはぐれてしまったこと。  その後、合流したジークに|抑制剤《薬》を飲ませたことや、薬効によりジークが眠りに落ちると、続いてリュシーまで意識を手放してしまったことも。  元々アンリの魔法が及ぶ領域内なら、俯瞰的に見たい場所を見ることもできるのだ。けれども、今日のような霧の中ではほとんど役に立たない。そもそもあれはそこそこ魔法力を消耗するので、よほどのことがない限り使わないようにしている。それもあって、リュシーに視覚魔法をかけているのだ。  だから分かっていた。  このタイミングで現われるのが誰であるのかも。  途切れがちとは言え、リュシーが映し出していた光景を思えば簡単に得られる答えだった。  家へと踏み入った相手が廊下を進むのに合わせて、アンリはアトリエの扉も魔法で開けた。 「こんにちはー」  なのに次の瞬間、そこに笑顔で現れたのは違う人物だった。

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