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16.呼ばれたから(9)

 ジークは幾分浅くなった呼吸を繰り返しながら、アンリの顔を隠していた上掛けに手をかけた。 「――いい度胸だな」  ジークはびくりと動きを止めた。不意打ちのように空気を震わせたのはアンリの声だった。 「……!」  アンリが指先を小さく動かすと、たちまちジークの腰紐がしゅるりと解けた。  かと思うと、それはジークの腕へと巻き付いて、両方を一纏めに絡め取ってしまう。身を退く暇もないまま、次には背後に引っ張られ、気がついたときには身体ごとベッドに縫い止められていた。 「飲み合わせの問題か……それとも」  抑制剤を飲むときに少しこぼしていたからか?  アンリが呟きながら身体を起こす。  見下ろしたジークは唖然としながらも、思いのほか落ち着いているように見えた。  それどころか、数拍後には潤んだ瞳をゆっくりと瞬かせ、嬉しいみたいに微笑みかけてくる。 「……夢の中とは、こういう意味ではないのだがな」  ジークが正気でないことを察したアンリは、呆れたように溜息をつくと、 「まぁいい。私もちょうどその時期だ」  まるで他人事のように独りごち、悠然とジークの上へと影を落とした。  *  *  *  既にヒートへの耐性を持つアンリは、定期的にやってくるそれにも特に動じることはない。かと言ってその衝動(性欲)がゼロになるわけではないので、場合によっては――制御(コントロール)できる状態にもかかわらず――好きに発散させることもあった。  ……まぁ、アンリのそんな行動は発情期に限ったものでもないので、(はた)から見る分には違いなんてあってないようなものだったが。 「……これ以上ないくらいに下手だな」 

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