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17.リュシーの独白(2)
「……何ですか」
何だか嫌な予感がする。
リュシーが更に一歩分離れようとすると、突然ロイの手が伸びてきた。
「!」
ロイの手が小瓶を持つリュシーの上腕を掴む。そのまま力任せに引き寄せられて、あっという間に腰と背中を押さえられた。
こういう時、この体格差や力の差は不利だ。
リュシーだって体躯のわりに力はあるのだ。気絶したジークの世話だってできるし、その身を抱えて空を飛ぶことだってできる。けれども、ロイはそれを軽く超えてくる。
「そんなにすぐ回復するなら――」
「……あんた、また雌 に逃げられたんですか?」
「いや?」
「だったら……」
「発情してなくてもできないわけじゃない」
「……そうですか」
あまりにさらりと告げられて、リュシーは呆れたように息をつく。
それからあえてまっすぐその瞳を見返すと、瓶を持たない側の手をそっとロイへと伸ばした。
無造作に伸ばされた銀灰色の髪を撫でると、精悍な金の隻眼が懐くように細められる。
「なんならここでもう一発――」
「遠慮しておきます。今夜は本当に急ぐので」
「今夜じゃなかったらいいってことだな?」
「……だから、なんであんたはそんな……」
何を誤魔化す気もない、あけすけな言い方。それに倣うよう、リュシーも隠すことなく溜息を重ねる。
けれどもその一拍後――リュシーはおもむろにロイの頬に触れ、瞑目し、そして不意打ちのように背伸びをした。
「!」
掠めとるように重なった唇。触れ合ったそれが、すぐに離れる。
子供の戯れのようなキスだった。だがたったそれだけのことにも、思いの外驚いたロイの手は緩む。その隙にするりと腕から抜け出したリュシーは、次にはばさりと翼を広げた。
「これ、ありがとうございました」
「え、おい……」
ロイの手が宙に取り残される。
最後にちらりと手の中の小瓶を見せて、空へと向けて地を蹴ったリュシーの背中は、あっという間に小さくなった。
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