116 / 146

17.リュシーの独白(2)

「……何ですか」  何だか嫌な予感がする。  リュシーが更に一歩分離れようとすると、突然ロイの手が伸びてきた。 「!」  ロイの手が小瓶を持つリュシーの上腕を掴む。そのまま力任せに引き寄せられて、あっという間に腰と背中を押さえられた。  こういう時、この体格差や力の差は不利だ。  リュシーだって体躯のわりに力はあるのだ。気絶したジークの世話だってできるし、その身を抱えて空を飛ぶことだってできる。けれども、ロイはそれを軽く超えてくる。 「そんなにすぐ回復するなら――」 「……あんた、また(めす)に逃げられたんですか?」 「いや?」 「だったら……」 「発情してなくてもできないわけじゃない」 「……そうですか」  あまりにさらりと告げられて、リュシーは呆れたように息をつく。  それからあえてまっすぐその瞳を見返すと、瓶を持たない側の手をそっとロイへと伸ばした。  無造作に伸ばされた銀灰色の髪を撫でると、精悍な金の隻眼が懐くように細められる。 「なんならここでもう一発――」 「遠慮しておきます。今夜は本当に急ぐので」 「今夜じゃなかったらいいってことだな?」 「……だから、なんであんたはそんな……」  何を誤魔化す気もない、あけすけな言い方。それに倣うよう、リュシーも隠すことなく溜息を重ねる。  けれどもその一拍後――リュシーはおもむろにロイの頬に触れ、瞑目し、そして不意打ちのように背伸びをした。 「!」  掠めとるように重なった唇。触れ合ったそれが、すぐに離れる。  子供の戯れのようなキスだった。だがたったそれだけのことにも、思いの外驚いたロイの手は緩む。その隙にするりと腕から抜け出したリュシーは、次にはばさりと翼を広げた。 「これ、ありがとうございました」 「え、おい……」  ロイの手が宙に取り残される。  最後にちらりと手の中の小瓶を見せて、空へと向けて地を蹴ったリュシーの背中は、あっという間に小さくなった。

ともだちにシェアしよう!