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18.魔法の訓練(1)

 最近やけに寝覚めがいい。  頭も身体も妙にすっきりとして、これ以上ないくらいに冴え渡っている感じがする。  ジークはベッドを下りると、いつものように窓際まで歩き、勢いよくカーテンを開けた。 「今日もいい天気だ」  眩しい陽光に目を細めながら、ジークは爽やかな笑みを浮かべた。  それぞれが寝静まった深夜――。あれからジークは、同じことを何度も繰り返していた。  だが本人にその自覚はなく、まるで普段通りに自室で就寝し、次に目を覚ました時には清々しい朝! ……という認識しかない。  頻度は不定期だったものの、それでも三日と空けず自室を抜け出していた。自身が深い眠りに就いた後、しばらくすると自らアンリの部屋に行き、襲うつもりが結果気を失うまでいいようにされているのだ。  以降は明け方、リュシーに回収されて、いつかのように後処理をされ、新しい服に着替えさせられる。その時の部屋着がいつも同じものだから、よけいに気付かないのかもしれない。  ともあれ、そうして元いたベッドに戻され、朝を迎える――その間の記憶は一切ないまま――という日々が始まって、既にひと月以上が経過していた。  そしてそれは昨夜も……。  本能(欲求)のままに出すものを出し、最終的には欲するものを貰っている。  身体が軽いのも当たり前だった。 「カヤさん、少し遅れるそうです」 「あ、そうなんですね。わかりました、ありがとうございます」  朝食の後、廊下の掃き掃除をしていると、背後からリュシーに声をかけられた。  ジークはすぐさま振り返り、背筋を伸ばして頭を下げる。きわめて普段通りの、明るい笑顔を浮かべて――。 「……え、あの……リュシーさん」  けれども、その表情がにわかに曇る。 「なんですか?」 「その……えっと」  ジークは思わずリュシーの顔をじっと見た。それから手元を指差して、 「それ、貸して下さい。俺が運びます」  言うなり、持っていた箒を壁に立てかけ、リュシーの方へと踏み出した。  リビングダイニングから出てきたリュシーの手には、数枚の手巾がかけられた|水桶《ばけつ》が握られていた。それが妙に重そうに見えたのだ。  リュシーは意外そうに瞬いた。 「え……」 「いえ、何だか体調……良くないように見えて」  今日に限ったことではない。実はここのところずっとそう思っていた。  ジーク(自分)はすこぶる調子がいいけれど、反してリュシーはどうだろう。連日とは言わないまでも、日によってとても疲れているように見える。  それが自分のせいだとは夢にも思わず、ジークはリュシーの手元に手を伸ばした。 「貸して下さい」 「いえ、大丈夫です」  なるほど、と思ったものの、リュシーはにっこりと微笑み、慎ましやかに一歩下がった。  ……心の中で、「誰のせいだと思ってんだ」と毒づきながら。

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