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20.束の間の(11)
――そう、そんなふうに、ラファエルもギルベルトも、あくまでも普通に接してくれたのだ。
だけど、それだってきっと、|自分《ジーク》とのことをなかったことにしたかったからに違いない。
思えばやはり申し訳なく感じてしまう。
……なかったことにして貰えるのは正直助かる。
助かるけど……。
それに甘えてばかりではいけないな、と、ジークは自分の頬をぱん! と一度両手で叩き、気持ちも新たに背筋を伸ばした。
◇ ◇ ◇
午前がだめなら、午後はどうだろう。
昼食の後、もしかしたら話せる時間があるだろうかと考えていたら、今度はカヤがやってきた。
ジークの魔法の修行は来週だから、今日はアンリに用があっての来訪だろう。
やはり今日中に話を聞くのは無理そうだ。
半ば諦めたジークは、午前中にできなかった屋内の掃除をすることにした。
屋外の片付けが終わり、昼食を済ませた後、リュシーは再び所用で出かけてしまったので、ジークはジークで自分にできることを見つけるしかない。
ひとまず魔法の勉強は後に回して、ジークはそれぞれの部屋と廊下の床掃除に取りかかった。
◇ ◇ ◇
「依頼されてた材料はアトリエに置いといたよ。あと、追加のこれな」
ダイニングテーブルの上には、食後にリュシーが用意しておいたハーブティーのポットが乗っている。
それを手に取り、手ずから自分のカップに中身を注いだ後、カヤはポケットから取り出した小瓶をアンリへと差し出した。中にはくすんだ青色をした液体が入っていた。
「思ったより早かったな」
「いや、思ったより大変だったよ。やっぱり青い薔薇は扱いが難しいな」
「それでも私が精製するよりはずっと早い」
そしておそらく質もいい。
カヤに初めて青い薔薇を提供してもらって以来、アンリは何度か追加を依頼していたのだが、青い薔薇の管理はカヤ自身がしているわけではないのと、もともと出荷用に育てているものでもないため、なかなか定期的な入手には結びつかないでいた。
そこで最初からカヤに精製したものを頼むことにしたのだ。
先方のアトリウム内にカヤの|魔法道具《精製機》を置かせてもらい、譲渡するに満たない|端《はした》も全てそれに利用させてもらう。
そうすれば、少なくともいつ量が揃うともしれない機会を待つより、入手率はあがる。
それだけ|値《ね》は張るけれど、例の媚薬を作ればすぐに元は取れるので問題はない。
(あれ? 今俺、褒められた?)
アンリにしては珍しい。
そんな反応に、カヤは思わずへらりと笑ってしまう。
するとすかさず「気持ち悪い」という目で見られたけれど、それはいつものことなので気にしない。
「まぁ、|青薔薇の《それ》はまた用意でき次第持ってくるよ」
カヤはにこにこと妙に嬉しそうな笑顔のまま、アンリの向かいの椅子に座った。
「あ、そうそう。あとあれ、ラファエルから……」
「ラファエル? あれ?」
「うん、さっき店に来て、今日販売の予定があるなら届けて欲しいって頼まれて……って、|アトリエ《向こう》に一緒に置いてきちゃったな。ちょっと待ってて」
言うなり、カヤは再び席を立った。
そのままぱたぱたと部屋を出て行くと、まもなく戻ってきたその手の中には、取っ手のついたバスケット。かけられていた布をめくると、たちまち部屋に香ばしいバターの香りが広がった。
そこに盛られていたのは、午前中、ラファエルがギルベルトに与えてしまった焼き菓子の類いだった。
「今日はちょうどそのつもりだったし、もともとアンリのとこには行く予定だったから、じゃあってことで、持ってきた」
「そうか」
結局、午前中に出していたバスケットの中身は、ほとんどギルベルトが食べてしまったため、アンリも少々物足りないと思っていたところだった。
とは言え、追い出し方が追い出し方だったこともあり、当てにならないとも思っていたのだが――なるほど、アンリが昔から知る|ラファエル《あの男》の性格は存外変わっていなかったらしい。
ラファエルはあれでも一応生粋の天使だ。基本的には誰にでも優しく誠実で、頼りになると評判の男でもある。
その実嗜虐趣味があったりと裏の顔はあるものの、それだって理由もなく表に出してくることはない。要は意外ときっちりしているところもあるのだ。
……まぁ、ギルベルトのこととなると、若干……いやだいぶおかしくなるようだが。
「――あ、で、ちょっと話があるんだけど」
「話?」
「うん」
カヤはバスケットをポットの横に置き、目の前のハーブティーをひと口飲んでから頷いた。
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