1 / 40

一、神風燃ゆ

翼が燃えている。 落ちても構わない。 あとはもう、落ちるだけ。 あの海へ 鉄の要塞がそびえ立つ、あの真っ黒い波の中へ。 この煙の向こうに。 「落ちろォォォオオーッ!!」 翼よ、落ちろ。 なにも見えない。 真っ黒い煙の向こうに標的はいるのに。 聞こえるのは、鼓膜をつんざく轟音だけだ。 エンジンが臨界を超える。 黒煙に映る赤い火 機体が燃える。 落ちていく。 あの海に 音もない。 波の囀りさえない、大海の牙に…… (もうすぐ) 機体は砕かれる。燃え尽きた翼をもぎ取られて…… 明日を失う。 けれど………… 俺が見る事のない明日は、あなたが………… (きっと見てくれる) 翼が燃える。 紅蓮の螢となって、羽虫の命は(つい)える。 仲間の命が散っていく。 焼かれて、燃えて。羽虫は落ちる。空から落とされ、波に喰われる。 赤く…… 赤く、赤く、赤く!! (俺も羽虫だ) 翼を焼かれて。 (だけど!) 「日本万歳ィィー!!」 …………………………なんて。 「ざけんなよォッ!!」 戦艦の一斉掃射を紙一重でかわしたのは奇跡だ。 機体は最早、操縦を受け付けない。操縦桿がビクともしない。 これはもう落ちるだけの機体なんだ。 撃たれて落ちて潰される。 羽虫の命にほかならない。 (だけど!) 羽虫は自由だ。 愛国心などに、もう縛られない。 最期の自由を謳歌する。 ひとかけらの自由と共に、最期まで。 ようやく赦された想いと共に、燃え尽きるのさ。 真っ黒い煙の向こう。 なにも見えないと思っていたのに…… 波音さえない景色に…… 光が空へ飛び交った。 あぁ、機銃の光だ。 綺麗だな。 銀翼の日の丸を貫いたか。 機体が叫んでいる。 波音も、機銃掃射の音も掻き消して。 (あなたの声さえ、もう……) 思い出せないけれど。 (あなたを想っているよ) 最期に聞くのが爆発するエンジンの轟音だなんてね。 あの赤い光は、朝日だろうか。 機体の炎だろうか。 明日の光を見ることなく、俺は死ぬ。 だって。 少しでも……あなたに長生きしてほしいから。 「 さようなら」は、波に飲まれた。

ともだちにシェアしよう!