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五、ハルジオン①

生身の体を乗せた機体で突撃し、敵艦隊空母を撃沈する。 特攻を志願した者に課せられる任務だ。 海軍航空隊に配属された時点で特攻を志願したと見なされる。拒否権はない。 俺達は海軍航空隊で再会した。 「先生っ!」 「教官と呼びなさい」 あなたは笑っていた。 あの日が帰ってきたみたいに。 声楽家を目指し、音大生だったあなたは俺の隣に住んでいて。 気づいたら俺は、いつもあなたの後を付いて歩いていた。 あなたは歌ってくれた。 あなたの大好きな歌を。 ピアノを弾いて奏でるあなたの歌が大好きだった。 あなたが大好きだった。 しかし。 平穏な日常に、戦争の影は忍び寄る。 クラシックもオーケストラも。 西洋のありとあらゆる楽器と器楽が、敵国の音楽とみなされ、敵国の音楽を演奏する者は非国民として逮捕された。 政府は戦意高揚を図る音楽を奨励し、あなたは歌を捨てた。 『ごめんな……』 あなたの優しい眼差しが、今も胸に突き刺さる。 『諦めないで。負けないで、歌ってください』 ……なんて、身勝手な軽々しい願いは到底伝えられずに、俺達は別れた。 あなたは、父の仕事の都合だと言ったけど。 あなたが引っ越して暫くして、あなたは音大も中退したのだと母が教えてくれた。 しんしん、星の瞬く夜。 小鳥たちが囀ずる朝。 木漏れ陽が踊る昼下がり。 ピアノの聞こえないお隣の家が、ただただ寂しかった。

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