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(2)6年前の僕 後編
それから数日後。
待ちに待った美映留神社の夏祭りの日がやってきた。
ボクは朝からウキウキして、意味もなく部屋の中を歩きまわった。
「もう、チユキ。落ち着きないんだから」
お姉ちゃんはそういう割に怒ってない。
どうも、学校の友達と一緒に行くらしい。
好きな先輩も一緒なの? と聞こうとしたけど、秘密なので黙っていることにした。
お姉ちゃんは浴衣で行くようで、ママが着付けを手伝っている。
着付けが終わると、お姉ちゃんは嬉しそうに鏡に映る自分の姿を何度も見返した。
ボクもお姉ちゃんの浴衣姿に心を奪われた。
何て浴衣ってキレイなのだろう……。
お兄ちゃんは浴衣好きかな?
ボクが浴衣を着たら、お兄ちゃんはもっとギュッとしてくれるかな?
ボクがそんな事を考えていると、ママの声が耳に入ってきた。
「チユキは、ママと一緒にいきましょうね」
「えっ?」
一瞬、ママが何を言っているのか分からなかった。
ママは怪訝そうな顔をした。
「どうしたのチユキ? お祭りいくでしょ?」
「う、うん。行く行く! ねぇ、ママ。早く行こうよ!」
ボクは、ママの手を引っ張った。
「もう! チユキったら……」
「えへへ。だって楽しいんだもん」
でも本当は、お兄ちゃんと回ったらもっと楽しいのだ。
ただ、たこ焼きと、スーパーボールすくいと、オモチャくじと、綿あめを手に入れるまでは、いい子にしているのが得策なのだ。
神社の参道は、いつもは閑散としているのにこの日だけはごった返している。
ボクは、ママに手を引かれて出店を一つ一つ見ながら回った。
まずは、オモチャくじ。
大当たりはゲームだけど、ボクの狙いは大型の水鉄砲。
凄い威力で、一度、上級生が使っているのを見たことがある。
最近駄菓子屋にも売られているのだけど、高くて買えないのだ。
じつは、お兄ちゃんが欲しがっているのをボクは知っていて、お兄ちゃんの為にも絶対に手に入れたいと思っている。
気合を入れてくじに臨んだんだけど……。
「67番ね。はい、ここから選んで」
おじさんはかごをボクに渡した。
まぁ、はずれである。
昔に流行ったキャラクターのキーホルダーを選ぶと、「残念だったなぁ」と後ろから声が聞こえてきた。
振り向くと、お兄ちゃんがにっこりとしながらそこにいた。
「こんばんは」
お兄ちゃんは礼儀正しくママにお辞儀をした。
ママは、「こんばんは、湊 君。いつも、チユキと遊んでくれてありがとうね」と声を掛けた。
「いいえ」
お兄ちゃんは、にこやかに返す。
カッコいい。
お兄ちゃんは、大人とも普通にお話ができるのだ。
「ねぇ、ママ。お兄ちゃんと一緒に回っていい?」
ボクは、堪りかねてママに言った。
「そうね。じゃあ、花火が終わったら真っすぐに帰るのよ。いいわね」
「やった!」
「湊君。お願いできるかしら」
「はい。大丈夫です」
ママは、ボクの手の中にそっと小銭を入れてくれた。
ボクは、それをギュッと握り締める。
普通は、こんな人込みの中に子供だけで遊ばすなんて事はしない。
でも、ボクとお兄ちゃんにとっては普段の遊び場なのだ。
そこは、ママもよく分かっていて許してくれるという訳なのだ。
ボクとお兄ちゃんははぐれないように手を繋ぐ。
「すごい人だね」
ボクは普段とは別世界に来たような雰囲気を味わいながらお兄ちゃんに声を掛けた。
お兄ちゃんは、人込みができている出店を指さした。
「ああ、そうだな。なぁ、千幸。スーパーボールすくいやろうぜ!」
「うん!」
ボクとお兄ちゃんは綿あめを舐めながら本殿に上がった。
花火は、ちょうど本殿の正面からよく見えるのだ。
人がびっしりと埋まっていて子供の背丈だとちょっと見ることができない。
でも、大丈夫。
ボクとお兄ちゃんは、人込みの無いベンチに移動した。
「やっぱり、空いていたな」
「うん」
そこは、繁みになっているから、一見花火が見えないと思われるところ。
でも、実は、隙間から花火が見えるのだ。
ボクとお兄ちゃんはベンチに座って、花火が始まるのを待った。
そこへ、話しかけてくる人がいた。
腰が曲がったお爺さんだ。
ボクは、瞬間的にお兄ちゃんの陰に隠れた。
お爺さんは言った。
「ぬははは。わっぱ。よく、ここを知っていたな」
「ああ、作爺 !」
お兄ちゃんは、お爺さんをそう呼んだ。
「おお、湊か。大きくなったな」
どうやら、お兄ちゃんとお爺さんは知り合いだったようだ。
ボクはホッとして二人の会話に聞き耳を立てる。
どうも、作爺は、お兄ちゃんの親戚か何かのようだ。
そこへ、ドン! と最初の花火が上がった。
辺り一面が昼間のように明るくなる。
ボクは、その大玉に目を見張った。
そして、口を大きく開けて言った。
「すごい、すごい!」
「ああ、本当にすごいな!」
お兄ちゃんも目を輝かせて言った。
作爺は、ボク達の驚く様子見て嬉しそうに頷く。
「すごいだろ? 美映留神社の花火は、ワシが子供の頃から同じでな」
「そんなに昔から?」
お兄ちゃんは、驚いて質問する。
作爺は、言葉を続けた。
「ああ、何ひとつ変わらない。ワシは、この花火を見るとホッとする。人や周りの景色はどんどん変わっていくけど、変わらないものもしっかりあるのじゃと」
花火の光が作爺の顔を照らす。
柔らかい笑みを湛えている。
ボクは、どんな意味なのかさっぱり分からないけど、きっとこの花火はいい物なんだと理解した。
次々と打ちあがる花火。
そんな花火が夜空を照らす中で、お兄ちゃんはボクに向かって言った。
「なぁ、千幸。俺達もずっと変わらずにいような」
「でも、お兄ちゃん。ボク達は大きくなったら大人になるよ」
ボクは、すっと物知り顔で答える。
でも、お兄ちゃんはボクの頭に手を置いて言った。
「ははは、そういう事じゃない。気持ちってことさ」
「気持ち?」
「そう、気持ち。まぁ、仲良しでいようなって事な」
「うん! そうする!」
ボクは、すぐに答えた。
そんなの当然。ボクは、ずっと、お兄ちゃんを大好きでいるんだから!
作爺は、「さてと……またな」というと人混みの方へ歩いて行った。
ボクは、ずっと考えていた事をお兄ちゃんに言った。
「ねぇ、お兄ちゃん。ボクがモモカお姉ちゃんのようにキレイになったら、ボクの事好きになってくれる?」
お兄ちゃんは、最初驚いた顔をしたけどすぐに優しい笑顔になった。
そして、
「いいよ。可愛くなったらな」
とボクの頭をポンポンと撫でながら言った。
「ほんと!? やった!」
ボクは、嬉しい気持ちでいっぱいになった。
お兄ちゃんがボクを好きになれば、好き同士って事。
そう、好き同士は結婚する事ができるのだ。
そうすると、お伽話のようにずっと一緒にいられる。
ずっと、お兄ちゃんと一緒。
胸がワクワクして飛び上がりそう。
お兄ちゃんは、そんな僕を笑いながら見ている。
ボクは、ニッと笑い返した。
「なぁ、千幸」
「ん? 何、お兄ちゃん」
「もう一度、キスしようか?」
「うん! する!」
お兄ちゃんの真剣な眼差し。
顔が近づくと頬に息があたった。
この前と違う。
凄くドキドキする。
胸が張り裂けそう。
ボクは恥ずかしくなって目を閉じた。
「千幸……」
「……お兄ちゃん……」
唇が合わさった。
なんて気持ちいいんだろう。
フワッとして、体の力が抜けていく。
ボクは、知らない世界に迷いこんだ気がした。
そこは、見渡す限りの野原で他の人は誰もいない。
いるのはボクとお兄ちゃんだけ。
二人裸で手を繋いでいる。
「あの小川で水遊びしよう。おいで千幸」
「うん! お兄ちゃん!」
変な世界だけどずっとここにいたい。
そんな風に思ってお兄ちゃんを追いかける。
唇が離れて、夢から戻ってきた。
お兄ちゃんの優しい微笑み。
お兄ちゃんは、そのままボクの事をジッと見つめる。
ボクは何だか恥ずかしくなって、足元を見た。
「ほら、千幸。大きいのが上がったぞ」
ボクは、顔を上げた。
すぐにドーンという大きな音と共に、大きな光の輪が夜空に広がった。
「キレイ……」
「ああ、キレイだな」
ベンチについたボクとお兄ちゃんの手がちょんと触れた。
すぐに小指同士を絡めてギュッと結んだ。
そんな中で、作爺が言った言葉。
『何ひとつ変わらないもの』
その意味のよく分からない言葉が、花火の音と光と共に、スッと頭の中に刻まれるような気がした。
ボクは、体を乗り出してお兄ちゃんを呼ぶ。
「お兄ちゃん!」
「何だ? 千幸」
「大好き!」
お兄ちゃんは、にっこりと微笑み返してくれた。
*6年前の僕 終わり
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