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赤紫
「あじ、ただいま。俺今日も仕事頑張ったよー、ほめてほめて」
--陽向 さん、お帰りなさい。いつも遅くまで頑張ってらして偉いですね。
今日も漸く私の大好きな陽向さんが帰ってきた。
朝見たときはシワひとつなかったスーツが少しくたびれ、ネクタイは緩められている。
私の背に合わせ屈みながら笑顔を向けてくれてはいるが、その顔には明かな疲れが滲んでいた。
陽向さんの休日以外は日に朝晩の2度しか会えないため「少しでも長く一緒にいたい」と思うが「疲れて帰って来たのだから早く休んで欲しい」とも思う。
「今日も上司に次々仕事押し付けられちゃって散々だったよ。思い出しただけで嫌になる!」
--陽向さんは有能ですから。期待されてるというのはありがたいことなんですよ?ですから、無理しない程度に頑張って下さいね。
陽向さんを鼓舞してみたが、私の声は届いているだろうか。
当の本人は「あー!」とか「うー!」とか言いながら頭を抱えて必死に鬱憤と戦っているようだ。
一生懸命な陽向さんには申し訳ないが、そんな姿をみて思わず吹き出してしまう。
調度近くを通りすがった人はちらりと陽向さんに目をやると危ない人をみたとばかりにそそくさとその場を去っていった。
しかし、陽向さんはその事に全く気がつく様子がない。
「お前、なんで急にユラユラ揺れだしたの?もしかして俺のこと笑ってる?」
通行人には全然気が付かないのに、私の小さな変化は目敏く察知し、更に心情まで言い当ててしまう。
...嬉しくならずにいられない。
「まあ、いいか。俺の愚痴を毎日こうして聞いてくれるのはお前だけだしね。多少のことは許してあげる。それにね、今日はとても良いことがあったんだ」
--私は陽向さんのお話なら何だって聞きたいですし、とても楽しいですよ?
今日あった良いこと、とは何なのだろうか。
私が知る限り今までで一番嬉しそうな表情をしている。
「今すぐお前に話したいんだけど...なんか恥ずかしいし、また明日話すよ。...あじも今日は暑くて大変だったよね?お疲れ様。ゆっくり休んでね」
--明日が楽しみです。陽向さんもお疲れ様でした。おやすみなさい。
陽向さんが僕の目の前に聳え立つアパートの扉に手をかける。
入りかけにこちらに手を振ってくれる陽向さんが愛おしい。
風に乗って身体を揺らすことしか出来ないけれど再びユラユラ揺れてそれに応じた。
陽向さん、今日もありがとうございました。
貴方がとても嬉しそうだったから、私も今日はいつもよりずっとずっと幸せです。
普段は紫色の紫陽花がその日は何時もより赤く色づいて、月夜に照らされたアパートを静かに見守っていた。
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