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番外編 ヒート休暇のお店番4

触れるか触れないか。互いの吐息がかかり温もりが伝わりかけたそのとき、割と遠くからかなり大きな声が二人に向かって飛んできた。 「ラン!」 「痛っ。兄さんっ」 瞬間、弾かれたように立ち上がったランの頭に額を頭突きされて、リアムは目の前に星がチカチカと飛んで流石にくらっとした。 ランも赤くなった額をこすりながら兄を見て笑っている。 ものすごい勢いで石畳を踏みつけるようにメテオがこちらに向かってくるのか見える。一見笑顔を浮かべているが目は全く笑っていない。 「ラン、昼食に帰ってこないから心配したぞ」 スーツの時と同様にスキなく髪を後ろに撫でつけたメテオは、その髪が乱れるのも構わぬ必死さで駆けつけてきた。 メテオはランの傍に来たのと同時にランのパンを持っていない方の手を素早く掴んで自分の方に強く引き寄せる。ランは少し傾ぎながらも兄の胸にこつんと頭部をあてて、兄の腕の中に収まるとはにかんで兄を見上げる。 「リアムがお昼にってすごく美味しいパンを作ってくれたから」 そう言ってランが嬉しそうにリアム特製のとても凝った具材のパンを掲げてくれたものだからリアムは得意気な顔をした。 メテオは見分するようにやや目を細め、その後ベンチの横に置かれた籠に入った小さな贈り物を捉えると、ランの手は掴んだまま逆の手で籠の持ち手を握った。 「それ、商店街のみんながくれたの」 「皆にお礼を言わないといけないから後でみせてくれ」 「わかった〜」 お礼相手確認いう名の検閲の現場を目撃し、やはりメテオに手紙を握りつぶされていたのだとリアムは確信する。 自分も背の高さを誇示するように立ち上がるとメテオの両手が塞がっているのをいいことに、ランの口元についた自家製ソースを、唇の感触を確かめるようにゆったりと拭ってやった。 ランの遥か頭上の位置で思わず太陽に照らされ黄色に光る目を見開き牽制するメテオを無視してランに向き合う。 「ラン、花火一緒に見に行くの楽しみにしているからな」 「うん、僕も楽しみ」 「帰るぞラン」 静かだが明らかに怒気を孕んだ声色にリアムはしてやったりといった心地になったが、肝心のランは兄を見上げてニコニコし、全く気がついていない様子だ。 これは付け入るスキはありまくりだろうと、兄に手を引かれつつもこちらを振り向き手を振ってくれるランにリアムは犬のしっぽぐらいブンブン惜しみなく手を振りかえす。 「あのね、兄さん、花火ね」 兄さんも一緒に行こうね。 ランは無邪気にそう言いたかったのだが、メテオはそれを遮るようにして立ち止まり逆光の中眩しげにするランを見下ろす姿勢をとった。 「ラン、ただいまのキスは?」 「え? まだお家じゃないよ?」 「俺のところに帰ってきたら、それがただいまでいいんだよ」 微笑んでいるのに、なにか少し怒っているようにも見えるメテオにランはちょっとだけ戸惑いながら目をつぶり背伸びをした。 迎えに行くように籠をもった腕をランの背に回し、メテオは坂の上にいるリアムに見せつけるよう、いつもより長めのキスをランの小さく柔らかな唇に送りつける。背に腕を回したまま顔を離すと、うっとりと頬を染めて兄を見上げる顔を見えた。 リアムに大切なランを触れられた消毒も完了し、少し溜飲を下げたメテオは今度こそ心からランに向かって笑っていった。 「おかえり。ラン」 「ただいま」 その言葉だけでもランのメテオへの愛情が漏れ聞こえて甘く響く。 触れるたび自分がここまで優しくしたくて愛おしくて、求めても求めても欲しくなる気持ちにさせる存在は、この世にランをおいて他にないとメテオは実感する。 しかしこれから敢えて離れなければならない日も増える。将来ともにいるためとはいえ、祭りを楽しみにしていたランにそのことを告げるのは気が引けた。掴んでいた腕を離して小さな頭を小さな子にするように優しく撫ぜてやる。 「ラン。父さんと2人で行っていた中央商会との商談、今度から俺が任されることになった。 祭り見物も兼ねて中央から商談にきている一行と父さんの古くからのお客様がキドゥにしか宿がとれなくて、俺は明日の祭りは両方の街の案内と商談とでキドゥとこっちを往復することになる。だからランとずっとは一緒にいてやれない。 ランは昼間は父さん達と一緒に店を開けて、夕方には農園に母様と一緒に帰るといい。父さんも夜には俺と一緒にソフィアリさまのところの夜会でるから。ごめんな」 ちゃっかり花火にリアムと行かないように、誘導しながら釘を指すのも忘れない。 「そうなんだ…… 兄さん、お仕事頑張ってね」 祭りの間、兄と離れることになると知り、ランは落胆から薄い肩を落とす。つむじが見えるほど下を向いてそれきり口を噤んでしまった。 昨年は午後までお店を3人で開けたあと早じまいして、母さんも店舗にきてもらい4人で祭りで賑わう街を散策した。そのあと自宅に戻って農園のオメガたちとゆっくり過ごした。 祭りの時期までは父も兄も店以外の仕事を入れなかったし、今年は兄と花火を見に行きたいと勇気を出して強請るつもりだったのだ。 一見メテオに構われ続けて何でも言うことを聞いて貰い甘えていると思われがちなランだが、その実今のランは幼い頃のように我儘をいったり必要以上にメテオに甘えることはない。 寂しげな顔をしつつも聞き分けたランに、メテオは安堵よりも物足りなさを感じていた。 小さなランなら納得しようとしつつも頬を膨らませ、拗ねてラベンダー畑へ飛び出していったかもしれない。 そんな姿がとにかくいじらしく可愛くて、多分メテオもすぐに追いかけていってランを安心させるために高々と抱き上げてやっただろう。 しかし、頬に柔らかな丸みや線の細さを残しつつも、見守り続けてきた愛おしい少年は少しずつ大人に近づいていっているようだ。 少しして気持ちを切り替えたのか顔を上げると、ランは切なげに微笑んで少し伏見がちに物憂げな顔をする。 (恋人に…… 番になったら沢山甘やかしてあげたい。俺も寂しけど…… 早くランとずっと一緒にいられるよう、店を継げるように頑張るからな) ランの伏せられた白い瞼の儚さを見て、メテオの胸に切ない痛みが沸き起こる。 衝動的に籠を握ったままの腕をランの折れそうに細い腰に回して胸の中に閉じ込めるように抱きしめてしまった。 その乱暴なほど性急な仕草にランの胸はドキドキといつになく高鳴った。 きつく抱きしめられながらも心は小さなころから慣れ親しんだ腕の中の安寧に包まれ、ランは胸に頬ずりしてほおっと小さく息を吐く。 (兄さん、大好き。ずっと傍に要られたらいいのにな)

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