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番外編 ヒート休暇のお店番3

昼を過ぎ一刻経った頃、もうミリヤ一人で店を回せるようになるからとランは店を返される。 店で借りたエプロンを外し、帰り支度をしているランのところへミリヤが白っぽい籠を持ってやってきた。 「ラン、これ預かっておいたやつだよ」 籐で編まれた籠には紙袋にはいった良い香りのするクッキーや花束、色とりどりの包装がなされたキャンディなど小さな贈り物が沢山入っていた。みな女神まつり用に青いリボンが巻き付いている。パンを買いに来た商店街の店主たちがランにと持ってきてくれたものたちだ。 ランはそれを籠毎抱えて一つを指でゆっくりとつまみ上げ、小首を傾げて苦笑する。 「みんないつまでも僕のこと小さな子供だとおもってるんだもの」 農園から母親に連れられてこの商店街に来たての頃は好奇心が強いランはすぐに町内で迷子になっては、メテオが血相を変えて探し回っていた。 よく他の店の店先で保護してもらっていたから商店街のものたちはみな、ランのことを小さな頃からよく知っているし、可愛がってきた。 最近は愛らしさに磨きがかかってきたので中央からの客の多いこの時期は、オメガ全体に街が目を光らせて守っていることもありどうしても過保護になるのだろう。 「ほれ、あたしからは今日のお手伝いのお礼だ」 ミリヤ婆さんがしわくちゃの手でランの瑞々しい手のひらに硬貨を渡してきた。 「え、そんな。商工会でみなで持ち回りでするから、お給金はないって父様もいってたよ」 「いいんだよ。これはランが沢山働いてくれたからあたしからのお小遣い。これで好きなものでも買いなさい。まあ、商店街のみんなはさ、ランのことも可愛いんだろうけどさ、あたしらここに来たばかりの頃、本当にメルトや奥さんに世話になったからね。みんなもそうだよ」 ランは頷いた。養父母がこの土地の人に尽くしてきたから、みなもランに優しく親切にしてくれる。それを当たり前と思ってはいけない。ランも大きくなったのだからラン個人として、今までお世話になった街の人へ両親と同じように尽くしていきたいと思った。 ミリヤ婆さんに軽く頭を下げて、石畳の白っぽい坂道を香水店の方に下っていく。傾斜は緩いがなんとなく小走りになりかけたとき、背後から呼び止められた。 「ラン! 待ってくれ」 振り返るとエプロンをつけたままリアムが店の裏手から飛びだしてかけてくるところだった。 さっきまで窯の前にいたのだろうか。顔は赤らみ、額の玉の汗もそのままで、それをぐいっと首にかけた柔らかな布で拭う。片手には店の紙袋を持っていた。 商店街の青年の中では一番背が高くてがっしりしていて、日に焼けた肌も精悍で職人として重労働に耐えうる立派な体駆だ。 こんな風にランも身体が大きくて大人っぽかったらメテオもランのことを頼りにしてくれだろうか。 羨ましくて果実のような目でじっと見つめていたら、リアムはさらに顔を赤くして厳つめの表情を崩した。 「ラン、親父が休憩してこいって言うから、スーザのとこの店でジュース買って、うちのパン食べないか?」 言われてみると先程までは緊張の為か気が付かなかったが喉はからからでお腹も空いていた。 パン屋が混み合う前に軽食のパンを食べたが、二人とも昼食はこれからだ。今日は父と兄は母が農園の家から店に昼食を持ってやってきて店の住居スペースですでにいただいるはずだ。ランの分も多分あるはず。 しかし…… リアムは坂の上の方を親指を立てて指差し、ニヤッと笑った。坂の一番上は小高い丘を開いた見晴台付きの公園がある。海や漁港の方の市場を見渡せる。 子どもの頃は大きくて少し怖かったリアムだが、17になり成人したせいかとても親しみやすくなった。リアムと同年代のものたちはみんな将来店を継ぐのだろうか。大好きな兄とばかりいてあまり商店街の同じ年頃のものとゆっくりは話す機会をもてないでいた。これを機に折角なのでリアムとゆっくり話をしてみたいと思った。 「ご一緒するね」 その返事を待っていましたとばかり、リアムは微笑んで頷くランの隣にやってきて、小柄なランに歩調を合わせて丘の方へ歩いてくれる。二人でポカポカする日差しの中、白い石を埋め込んで舗装された坂道をのんびり上がっていった。 カラフルな花柄の日傘を指して歩く中央からの旅人らしきご婦人や、猫を追いかけて歩く小さな子ども。野菜を届ける顔見知りの八百屋の店主。店の看板から垂らされた女神の青いリボンが風にひらめく。 昼下がりの程よい喧騒中、二人はニコニコ笑顔で飲物をなみなみと注いでくれたスーザにお礼を言い、白いパラソルがいくつも開かれたベンチにスペースに腰を落ち着けた。 翠緑の縁を描く湾に、遥か遠くの紺碧の水平線までも見渡せる。ハレへの美しい町並みが一望できて、来るたび住人ですらその美には目を見張るものがある。 まずはジュースで一息つくと、海を渡ってきた涼しい風が二人の間を通り抜けていった。 美味しそうにさっぱりしたライムジュースを飲むランの顔は幸せそうで小さな花のように本当に愛らしい。 今朝はリアムは自分が作ったパンを味見する時 初めてランをほんの間近でみた。 猫舌のランが焼き立てのパンを少し熱そうに、小さな舌を僅かに出してちょっぴり齧るのが可愛すぎて、それを見たさにリアムは何度も厨房を出て店舗にいきその度ミリヤに尻を叩かれ怒られた。 「これさ、食べにくいかもしれないけど美味しいから」 好物のトマトがたくさんはみ出ていてランはさらにニコニコの笑顔になった。 当然ランがトマトが好きなことは祖母から聞いてリサーチ済みだ。 野菜と肉を挟んだ豪快なパンをナプキンに包んでランに手渡してくれながら利き手では湾を指差す。 「あのへんに花火が上がるんだ。明後日みんなでみよう。今年は去年よりも沢山上がるらしいぞ。みんな店の片付けがあるから見たらすぐに帰るけど、でも花火ぐらい好きなやつとみたいからさ」 思わせぶりな顔で茶色のどんぐり眼に太い黒い眉を、キリッとさせてリアムはランの小さくまだあどけない表情の白い顔を見下す。 ランはよく意味がわかっていないような顔をして、パンに大きな口を開けてかぶりついた。 ランがオメガだったと数日前商工会の打ち合わせで父が聞きつけてきた。商店街のみなも知るところになっているが、もしかしたらΩなのでは…… と可憐なランに淡い気持ちを抱いていた同年代男子はみな色めきたった。 オメガは男でも子をなせる。 アルファとの番関係が有名だが、女性オメガはベータ男性と結婚しているひともいなくはない。 男性オメガは女性オメガより孕みにくいという。一説には番との発情期の性交でしかほぼ孕まないらしいがゼロではないらしい。それはこっそりパン屋の常連である中央からこの街に移住してきたバース性の専門医に聞いたことだ。 リアムは昔から同年代以下の世代ではリーダー格だと思っていて自分に自信がある。自分なら親もアルファとオメガの番であるし、他のベータと違ってランと家族を作ることができる気がしているのだ。 むしろそうなら俺ってすごくないか?とか。何となく考える。そうであるなら昔から商店街で一目置かれているメテオへの妙な対抗意識をも解消できる気がした。 女の子のオメガもベータも沢山いるんだからなにもランじゃなくてもいいじゃないかと、一時期メテオに熱を上げていた姉にまでイヤミを言われて止められている。 でもなんというか逞しいハレへの女性たちより何故かランのほうがとても華奢で可愛らしくて守ってあげたくなる感じがするのだ。農園には他にもオメガかもしれない美少年のピアやもっと年上の美しいΩの女性もいるが、リアムはランが一番性格も明るく穏やかで一緒にいてきっと楽しいんじゃないかなあと思うのだ。やはりずっと暮らすならそういう人がいい。 今も美味しそうにパンを食べる横顔に疼くような庇護欲をそそられ、さやさやと風に揺れた前髪の下の果実のような甘い瞳をもっと近くで見つめたくなる。 お腹が空いていたようで、無言で美味しそうに食べすすめるランの頬に大きめのパンくずをリアムは目ざとく見つけた。 大きなこんがりパンのような日に焼けた手をのばして柔らかそうなランの頬に触れパンくずをとろうとする。 「ラン、パンくずついてるぞ」 ランの驚いて口元をナプキンで拭うが取れていない。 「ここだよ」 触れた頬は滑らかでふわりと柔らかく同年代の男のものとは思えない。長いまつ毛を半ば伏せる仕草に、オメガだからなのか、無垢な色香を感じて息を呑む。薄紅の口唇にも、触れたくなってそのまま頬を包みなぞるように掌を沿わせると、小さな顔は半ば手の内に珠の様に収まる。気持ちまで近づいたような心地になった。 知らず低い声色を使って囁く。 「ランって、好きな人いるの?」 「いるよ〜 兄さん、父さま、母さま、ソフィアリ様、ラグ様、それから」 「いや、そういうのじゃなくて」 きょとんとしたランの大きな瞳が上目遣いにリアムを捉えた。 隣同士に座っていたが、今は吐息がかかるほどの距離にランの顔がある。 「こういうふうに、触れたくなるほど好きな人のことだよ」 吸い寄せられるようにリアムは囁きながら顔を近づけていった。

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