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番外編 貴方の香りに包まれたい4
二人の寝台は枕元の二か所の間接照明に温かく照らされ、そこだけ明るく浮かび上がっていた。
ランは寝台の上、何故か店の制服を着崩した姿で、しかも小山ができるほど積み重なったメテオの服にまみれるようにして眠っていた。
どれもクローゼットにしまってあったものばかりだから、ランの仕業に間違いなさそうだ。
ランの人生をほぼ隙間なく見守ってきた自負があるメテオだが、彼がこんな行動をとったのは初めてのことだった。
「なんで制服? ラン?」
レモンイエローの制服のシャツとモスグリーンのズボンの、両方に違和感を覚える。
真っ白で緩やかにくびれたランの腰の下、片側の鼠蹊部あたりまでを惜しみなく晒したゆるゆるのズボン。
それと同色のベストは身につけておらず、羽織られたシャツの下、滑らかな胸元からヘソまでのラインがあられもなくはだけている。袖は通しているが大きさはだぼだぼで、ほっそりとした指先まで隠れていた。
違和感の正体はこれだ。明らかに制服のサイズが大きい。
(これ、俺の制服か……)
メテオの大きな琥珀色の目が見開かれ瞳孔が大きくなる。思わず口元に手を当てて漏れそうになる声を抑えた。
ランは良い夢を見ているのか幸せそうなほほえみを口元に浮かべて微睡んでいる。
枕元に2対で立っているランプシェードの明かりの下、甘くフルーティーにも感じる香りを振りまきメテオを我が元へ誘う。
なんでこうなったのかはよくわからないが、メテオのものに囲まれていたくなったのか。明日には会えるというのにそんなに恋しく思ってくれたのか。
(可愛すぎるだろ)
メテオは先ほどの不安とは違った意味で高まり続ける鼓動を今も止められないまま、自分の服をかき分けるようにして寝台に腰を下ろした。座った尻の下に硬いものの触る違和感を感じて一度腰を浮かして手で探る。掴み上げるとそれは香水の試作品を入れたりする茶色のアトマイザーだった。
手に取って空中に向かってシュッと一度散布する。ふわりと香りが広がり鼻孔まで届いた。部屋に漂っていた香りはラストノートに変化していたが、多分これがランのフェロモンに交わってる香りの正体だった。
なんだか知らない男に踏み込まれたような、面白くない気分になってメテオは自分のシャツの前をあけ寛げながら、眠るランに向かい合うようにして横たわった。
小さなころから見慣れた寝顔。影を落とす長い睫毛に、温かいとわかっているのに身じろぎしないと人形の様にも見える程滑らかな頬。少しずつ青年期に入ってきていると思えぬほど相変わらずあどけない表情に、はかなげにすら見える肢体。旅から帰ってあらためてみて思う。兄の欲目を差し置いても、どこもかしこも、そこにそうしているだけで本当に愛らしい。中央でも沢山の美女や美男が香水店に押しかけてきたが、一人としてメテオの琴線に引っかかるようなものはいなかったのだ。
自分にはやはりランだ。何時でも傍にいたいと夜眠る瞬間までそう思う。ランもそんな風に自分を求めてくれていたのだろうか。
ランの小さな鼻先をくすぐるように顔を近づけ、肌を露出した熱い胸にぎゅっとランの柔肌の胸とが合わさるように抱き込んだ。
「ラン、帰ってきたぞ」
温かい素肌同士が触れ合い、トクトクと心音が重なるかのようだ。
もぞりと身じろぎしふるふると震えながら背をそらし、伸びをする身体からまた蠱惑的な甘い香りが漏れてきた。
前回の発情期から3ヶ月あまり。発情期が来たてのオメガはまだ未成熟な時期であり周期が長く遅れがちと聞いたがこの香りの強さ。
計算では出張時期よりはずっと後で遅いと踏んでいたが早く帰ってきて良かった。
「ん、うーん」
抱きしめる力が強かったのか、ランは鼻にかかった甘い声で咎めるようにも聞こえる吐息を漏らした。腕を緩めてやりながらまた顔を寄せて頬や額に口づけを散らす。素肌をも甘く感じるから、番という存在は丸呑みして腹にしまっておきたくなるほど魅力的で困る。
出張帰りの明日は元々休みを取ろうと思っていたので、メテオは遠慮なく自分もフェロモンをゆるゆると放出する。ランの僅かに汗ばみこめかみに張り付いた髪をすき撫ぜてやりながらはたと思う。自分の香りは慣れがあるので分かりにくいが、もしかしてランが振りかけていたこのアトマイザーの中身は、自分の身代わりなのではあるまいか。
以前ランがクィートの香りも少しだけメテオと似ているところがあると言われて、内心ムッとしたのを思い出した。その時香りが好ましい相手は番として魅力的に映っている証拠だと、ソフィアリに突っ込みを入れられたのも原因だったが…… だとするとこの香水はもしかしたらやはりメテオのフェロモンを模した香水なのか。
そんなメテオの思索を止めるようにランがまた覚醒に向かう身じろぎを繰り返した。
長いまつげが羽毛が風にそよぐような優しさで震え、ランのいつ見ても見飽きることない朝焼け色の瞳がゆっくりと見開かれる。
寝転がっているが長身の兄に抱きあげられた時のような距離感で琥珀色の瞳と目があい、赤い唇が小さく息を呑む。
「あれぇ、兄さん?」
「ただいま。ラン」
途端に起き抜けだというのに喜びが溢れかえった華やかな笑みをうかべ、ランはさらに春爛漫の花園の中にいるかのような芳しいフェロモンを迸らせた。
旅から帰宅したばかりの疲れはてた身体にまともにそれを浴び、メテオは防ぐすべもなくその刺激に喉を鳴らした獣のように眉根を寄せて小さく唸る。
すぐさまランの上に四つん這いでのしかかると、飢えた狼の様にランの柔らかな唇を遠慮なく貪りはじめた。ついばむ唇の甘美な味わい。舌をつつくとランも弱弱しく応じるように舐めてきた。
しかし早くも立ち上がったランの腰のものがメテオの腹に、メテオのものもランの脚に当たってお互いの興奮を煽り深めていく。
「兄さん、会いたかった。んっ……、あぁっ…、おかえりなさぃ」
大抵気持ちを伝え合うときはメテオの方からが多いのだが、今日はランが素直にそう言ってくれた。そんな些細なことがとても嬉しい。
幼いころから感情の起伏に乏しく、頭で感情を推察して口に出すようなところがあったメテオにとって、ランは直接心を震わせてくる得難い存在だ。
子どものころからランにかかわることを通じて世界と繋がってきたようなものなのだ。そういった点でも、ランはメテオにとって魂を引っ張り上げてくれる稀有な半身であるのだ。
自分のシャツを着たランの胸に手を滑らせ、頂きをぐにぐにと弄ればランは直ぐに息を弾ませて身悶える。夏の初めまで無垢な身体だったのに優しくしかし時に執拗なほどメテオに愛され続けた身体は素直すぎる反応を見せてはメテオを喜ばせる。
「ラン、俺の服、沢山出して。どれもこれもグシャグシャだな。どうしてこんなことをしたの?」
「だってぇ」
「だって?」
多くの女性を虜にしてきた、父に似たベルベットのように甘く低く滑らな声で問う。からかいながら耳元で囁かれ、縁をなぞるように舐められたら、その刺激だけでランはトロトロと先走りを零してしまった。
それを隠そうと足を閉じようとしたが、湯上がりにここに来て素肌に直接はいていた兄のズボンがずり下がっていてもたつき、逆に脚を拘束されたようになってしまう。
メテオはスボンを片足から引き抜いてやりながら肩に担ぎあげると柔い内ももに吸いつき赤い花を咲かせていく。ランが上げる高い切れ切れの喘ぎ声を耳に心地よく感じながら、とろみを帯びた鈴口に手を伸ばした。
「兄さん、やぁ」
「もうとろとろだな」
「あっ」
つつっと指を沿わせて鈴口から会陰のふくらみまでを辿り、びくっと震えた身体からシャツを取り去り、自分もベルトを緩めて硬く張り詰めたものを取り出して、大きな手でもろともに摺り上げ始める。
性急な追い上げに寝ぼけた頭が付いていけず、ランは苦し気にはあはあと息を乱して瞼をぎゅっと瞑って首を振る。
「きもちいぃ」
「ラン。この香水はなあに?」
「それはあ。に、にいさんのっ」
「俺のなに?」
「にいさんのかおりの、香水、っん~ ああん」
互いの欲望が弾ける寸前となり、ランはもはや言葉を紡げず、メテオの思うままに喘ぐだけになった。優しさよりもなぜか責め苦に似た執拗さで快楽をあおり翻弄してくる。ランは徐々に覚醒した意識の中でばくばくと心臓が鳴り始めた。
これは、兄が自分以外のものにランが少しでも心を移した時に見せる行動。
つまり嫉妬だ。
しかしもはや攻めたてられる指先の動きと神経を直接撫ぜられたようなそこから生まれるたまらない快感のことしか考えられなくなる。唇を寄せられ下唇をやわやわと甘噛みされつつ、爪先でかりっと乳の先を引っかかれた。
度重なる刺激に腰が動き、限界を迎える動きを始めたとき、さらに握りこまれた熱い手先が強く激しく動かされる。
「あああ!!」
一度漏らした声の後、互いに身を震わせランは息をつめていき、メテオは息を殺して激しい射精感を制して耐えた。
ランは止まらぬ吐息に眉根を顰め、苦しげな顔を見せながらくたっと脱力しメテオの服の山にしばし埋もれる。
しかし兄が触れてきた後孔はすでに緩みぬかるんでいた。遠慮なく挿入される兄の長い指を拒むことなく導くように締め付け、ばらばらにかき回される指先が淫らな水音を立てて互いの耳をも刺激する。
「俺の服と、香水か…… 俺が帰るまで待てなかった? 俺がいなくても、幸せそうな顔して寝てたよ?」
「そ、そんなこと、ないっ」
番になってから兄と触れ合わぬ日はなく、たった数日離れていただけなのに兄の帰りが待てぬほど、どん欲に兄を欲しがっていた。そんな風に指摘されたようでランは一度の吐精で冷静になった頭の隅で恥ずかしくなってしまっていた。
ただ寂しくて、兄を感じられるものにすがりたかっただけなのに。なんだか不実を犯したような、こらえ性がない身体を揶揄われような。
涙が溜まってきた目をそらすとメテオが首筋に顔をうずめ、獲物に食いつく狼の様に、わざと敏感な項を狙うようにしつこく舐める。いった後の敏感な身体でここをねぶられるとつらいと知っているのに、蜜壺や胸まで攻めながらまた噛みつかんばかりの勢いでかじかじと項に甘嚙みを繰り返してきた。
「俺のこと待てなかった? 俺より偽物の香りの方がいいの?」
「やあ、兄さんがいいの。兄さんが好きだから」
「じゃあ、いって。俺が欲しいから、挿れてくださいって」
「…!?」
ただ兄が恋しくて無意識に服を出して、せっかくつくった香水だから沢山振りかけて……
(何も悪いことをしていないのに、なんでそんな恥ずかしい、淫らなことを言わせようとするの?)
こんなのひどい、兄さんは意地悪だとランは憤った。
はしたないことは口にしてはいけないって兄さんに育てられたのに、その兄さんがそんなことを言わせようとするなんてひどい。
赤い唇を引き絞り噛みしめて、絶対口をきかないんだからとそっぽを向いて心の中では思うのに。
命令されたら下腹部に余計に熱が溜まり続け、きゅんっと指を食んだまま孔までしぼってしまう。本当に堪え性のない自分の身体に泣きたくなってきた。
ランが口をきかないとみるとメテオはさらに煽られて、大きな口を使って乳首を舐めまわし、舌ではじいたり、ぐりぐりいじめたり、後ろを攻めながらまた前にもまた、手を伸ばしてくる。
ランは今度は漏れる声をも封印しようと口元を手で覆って、フーフー息を吐いてすぎる心地よい刺激をなんとか逃そうとする。
メテオが意地になってランの顔を無理やり自分の方に向けさせると、正面から涙が溜まった朱赤の瞳が責めるように兄を睨み返してきた。そんな顔も可愛くてたまらないのだから始末に負えないが、どんな理由でもランの涙に兄はことさら弱い。メテオはぎらりと光る琥珀色の目をそらし、ランの口元を覆った柔い手に懇願するかのようにことさら優しく口づけを落とした。
「ラン、言ってよ…… 俺が欲しいって」
急に甘えるような弱り切った声で兄に言われたものだから、ランはぽろっと大きな涙の粒を落とした後、びっくりして、覆った手をどけて兄をまじまじと見つめてしまった。
兄も手を止め、端正な顔に真剣な眼差しを宿しランを見下ろしてくる。
「挿れてって、言って欲しかったの?」
「好きな人から求められたいのは、当たり前だろ?」
兄はこんなに男前なのに、眉を下げた怒られた犬の様に情けない顔をしている。
立派な、大人の男の人なのに。ランの保護者でお兄ちゃんなのに。
ランに初めて甘えてきた兄の仕草に、ランの心はなぜか踊っていた。
(何それ、可愛いかもしれない)
やっぱり伴侶になると、違う面を見せてもらえるんだ! ずっと年下のランにも甘えてくれるんだ! とランは胸がきゅんっとして、兄を思う暖かい気持ちがさらにさらにあふれてきた。
そしてせっかく兄がランのために、こんな夜中に無理をして早く帰ってきたのに、意地を張っているのがばかばかしくなってしまった。
こうして二人で抱き合って睦みあうこと以外に、わざわざ意地を通すほど大切なことなどあろうはずがない。
ランはもう一度兄と目と目を合わせ、ここ数日の気持ちを、一生懸命に兄に伝えることにした。
「兄さんがいなくて、寂しかったよ。いないときは、ご飯食べる気も起きないぐらい、いつも寂しい。家の中からだんだん兄さんの香りがなくなってくの、本当に寂しいんだよ…… だから父さんと、兄さんのフェロモンに似せた香水をつくって、兄さんが帰ってくるの待ってたんだよ。無事に帰ってきてくれて、嬉しいんだ」
そういうと腹筋の力で起き上がり兄の唇にぷちゅっと小さくキスをして涙が残った目を潤ませながらにっこり微笑む。そして兄の頬から顎先を指先でするっと誘うように撫ぜたのち、両手で首の後ろに手を回す。
そして兄に負けぬほど艶のあるとろりと甘い声を出した。
「メテオ、挿れて。僕を可愛がって。離さないで」
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