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第1話
2月15日、水曜日。時刻は夜の8時前だった。
新宿二丁目のはずれにあるラブホテル街をスーツ姿で歩くのも、随分と慣れてしまった。最初の頃に感じていた恥じらいというか、居心地の悪さというか、何とも言えないもぞもぞとしたものが、今では鳴りを潜めている。それが良いことなのか悪いことなのか。宮田 圭一郎には分からなかった。
毎週水曜日のこの時間帯に、妖しげな色と空気を漂わせるこの場所へ足を運ぶようになって、早4ヶ月になる。
行き先は決まっている。いつも同じホテルだった。通りの中間地点にある西洋風の安っぽい建物に入り、ゴテゴテとしたシャンデリアが天井からぶら下がる無人ロビー奥のエスカレーターに乗り、3階へと上がった。
数分前、スマートフォンのテキストチャットに部屋番号が送られてきた。今夜は三〇二号室。エレベーターを出て、すぐだった。圭一郎はノックをすることなくドアを開け、ラベンダー色の仄暗い照明がともる部屋に入った。
芳香剤の人工的な匂いが、鼻腔に充満する。次いで、暖かく乾いた暖房の空気に全身が包まれた。首に巻いたマフラーを取り、コートを脱ぎながら部屋の奥へと進んでいけば、キングサイズのベッドに横たわり、ぼんやりとしている青年の姿が視界に入ってきた。
彼――澤田 涼はおもむろに身を起こし、圭一郎を見て晴れやかに笑った。が、「お疲れ様」という声はやけに枯れており、よく見れば端整な顔にも疲弊の色が濃く浮かんでいる。ハンガーラックにアウターとジャケットをかけると、彼の近くへ寄り、その顔をじっと見つめる。
「……顔色が悪いな」
「やっぱそう見える?」
リョウは苦笑し、再びシーツに身体を転がすと、珍しいことに大きなため息をついた。その様子に、圭一郎は眉を蠢かせる。
「体調が良くないのか?」
「ううん。朝から夕方までぶっ通しで、4人同時にお相手して疲れてるだけー」
……眉間に深い縦皺が刻まれた。心配して損した、とまでは思わなかったが、呆れて物も言えなかった。リョウはとにかく男遊びが激しい。色んな男と好き放題に縺れあい、くたくたに疲れて、それでも圭一郎の前に現れる。ちゃらんぽらんな若者なのに、そういったところは律儀で、よく分からない。自分がどうして、こんな青年と爛れた関係を続けているのかも。
こちらの度し難いと言わんばかりの表情を見て、リョウは枯れた笑い声をあげ、何度か咳払いをした。それから、「あー、あー」と発声練習のようなことをしながら、ベッドのそばに立つ圭一郎の腕を掴み、妖しく微笑んだ。
「だーいじょうぶ。俺、勃たなくてもイケちゃうから。あ、身体もちゃんとキレイに洗ったし、全然問題ないよー」
そういう話ではないと返す前に、結構な力で腕を引っぱられ、唇を塞がれた。相手の舌が口内に巧みに滑り込んでくる。鼻から抜ける艶やかな声、熱く乱れだした吐息、ねっとりと口の中を弄んでくる舌遣いを前にし、脳髄が熱く痺れだす……。
こうなってしまえば、もうどうでも良い。圭一郎はリョウの細い身体を抱き、そのままごろんと反転したのち、相手のキスに応えながら彼の服を乱していく。くぐもった小さな嬌声を漏らしながら、リョウの口唇が愉しげに弧を描いた。そしてこちらに、中途半端に固いものを押しつけるかのように腰を揺らし始めたのだった。
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