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第95話
「……で、うまくいったのか?」
桐生はうんざりしながら、珈琲片手に書類を確認していた。こちらには見向きもしない。案件が立て込んで忙しいようだ。
「あ、……うん。なんとか泣く泣く引き剥がして、帰って行ったよ。ありがとう。」
「……泣く泣くって」
あっさりと言う自分に対して、桐生は呆れたように溜息をついた。久しぶりに朝早くに前に落ち合ったコーヒーショップで落ち合ったが、店は変わらず落ち着いて、緑も多く清々しい朝を送っていた。
「それより、黒木君に申し訳なくてさ。今度詫びだと思って、また食事に誘われたんだけど.」
外は昨年より酷い茹だる暑さで、陽光が既にギラギラと地面を照らしつけていた。
「……やめといた方がいいぞ、蒼さんにつつかれて、後々面倒くさいと思う。」
桐生は書類を纏め、整えるとファイルへ戻して鞄に押し込んだ。
「いや、彼を利用したみたいで、本当申し訳なくてさ…電話で蒼さんは牽制するし、四六時中会うなとか言うし…。いや、彼には本当申し訳ないし悪くてさ…。」
「黒木は何も考えてないから大丈夫だよ。そもそも黒木も蒼さんの事を気付いてただろうし、昨日会ったら散々愚痴を聞かされて、酔って、蒼さんに1年ゆっくり向こうで働いてて下さいねとか電話してたぞ。」
「………あの2人は、仲がいいの?」
「さあな。そもそも、蒼さんと黒木はお互い似てるから分かるんだろ。特に黒木はああ見えて家柄も申し分ないし、図太いし、本来は鷹のような猛禽みたいな奴だからな。犬みたいにしょげてる様に見えて、蛇みたいに食いついてくるかもな」
二人とも酷い言い様だ。
蒼も永遠と似た様な事を語り、耳にタコが出来そうだったのを思い出した。
「き、肝に銘じときます。とりあえず、申し訳なかったて謝っておくよ。」
「………そういえば、携帯のアプリは蒼さん知ってるのか?」
桐生は長い足を組み直して、思い出したように呟いた。
「アプリ?」
「いや、なんでもない…」
嫉妬深い蒼が皐月の位置情報のアプリを自分が入れていたと知れば、後々面倒くさい。今の蒼は後世まで怨みそうなほど、嫉妬に苛みそうだ。
あとで皐月の携帯を見せてもらい、削除しておこうと決めていた。
「……まぁ、色々心配かけてごめん。」
「謝るな。むこうには行くのか?」
「いや、パスポートも申請中だし、来月遊びに行くぐらいかな。電話は毎日来るけど、締切もあるし、………まぁゆるゆるで続ければいいかな…。」
照れたように笑うと桐生は黙って横目で見ながら、珈琲を飲みきった。
「……なんとなく、蒼さんに同情するよ。」
そして桐生は腕時計を見ると、予定より話し込んでしまったらしく、静かに立ち上がって鞄を持った。
「……まあ、今度振られたら、桐生の世話にならないようキッパリと諦めるよ。本当に色々ありがとう。」
「その時は連絡してくれ。何か作ってやるよ」
そういうと、桐生は笑みを浮かべて、ひらひらと手を振り、颯爽と店を出て行った。
あの朝とは違う。爽やかな澄んだ空気と珈琲の豆の匂いが心地よい。桐生の姿が見えなくなると同時に、そばに置いていた携帯が振動した。
『皐月、おはよう。今は朝かな?』
携帯を耳に当てると、溶けるような甘い声で撫でるように囁いた。
「蒼、おはよう。朝だよ。」
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