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プロローグ

 遊園地の片隅に整備された花壇にはたくさんのパンジーが植えられている。  周囲に笑顔を振りまくようにかわいく花開き、それぞれが違う色で溢れる。賑やかな遊園地をさらに盛り上げるようにそれらが彩っていた。  時折ゴーという轟音とともに悲鳴をあげながらお客を乗せ通過するジェットコースターや、着ぐるみがくるくると舞いながら園内を巡っては集まってきた人と記念撮影している様子は眺めるだけでも楽しい。  派手な衣装のピエロが時折ユニークな動きを交えながら風船を子どもたちに配っていたりもした。それを見ながら園内で売られていた派手な看板のクレープ屋さんのクレープを口にしている叔父さんの幸せそうな横顔。  口の端にクリームをつけていることに気づいていない。    早坂 貢(はやさか みつぐ)の記憶で一番思い出に残っている大好きで温かな景色。  貢もその隣でチョコシナモンクレープを食べた。  シナモンの香ばしい香りがどこか叔父さんのような大人っぽさを感じてそれ以来、貢の大好きな食べ物になった。  その様子を温かく見守るように観覧車が静かに回っている。  ずっと誠さんといられたらいいのに。でも誠さんにとって僕は子守に過ぎないのだろうな。  誠を見上げる貢の目が潤んだ。  それから何年か過ぎたある日。  高校生になった貢は学校から帰ってすぐに自宅の二階にある自室に籠る。  窓際に座りながら外を眺め、物思いにふけるのだった。  目の前にはパンジーの花が細長い植木鉢に幾らか咲いていた。  ふと目の前に舞ってきたアゲハ蝶。  あまりにも綺麗なシルエットを貢はうらやましく眺めていた。  自由に花の蜜を吸う蝶は貢の瞳にとても自由に映った。  ああ、僕も蝶になりたいな。  身も心も何もかも蝶になって、世界が全部自由になって。 (叔父さんのところへ飛んでいきたい)    ぼんやりそんなことを考えていたら蝶蝶が軒先の植木鉢のパンジーの花の上に止まった。  貢の心がほんわかと温かくなる。  貢は嬉しくなった。望みが叶うような気がした。 (ああ、あの人が僕を想ってくれたらいいのに……。僕は今全く自分に都合の良い妄想にふけってしまっている。けれど……)  うっとりと貢が花の上の蝶を眺めていると、突如何か黒光りした影が花びらをかすめた。  思わず身を乗り出す。大きなカラスがアゲハ蝶をさらっていったのだ。  それが高々と上空を舞うのを見上げて、貢は悲しい気持になった。  そして心の底から落胆した。無理だってわかってる。絶対にありえないとも。  この世界が例えひっくり返ってもありえない。  風に揺れるパンジーの花が滲んでいく。  貢は俯いて膝をついた。   そして、その嫌な予感が当たったようにその後あの人は結婚した。  あの日からずっと永遠にこの気持を閉じ込めた。

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