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第一章 高貴な遺伝子 一
今思うとあれはなんだったのだろう。
それは今でも記憶の片隅に残っていて、夢だったのかもしれないとも思う。
俺は子供の頃酷く高熱を出してうなされたことがあった。
その時誰かが部屋に入ってきた。そいつは戸惑っている様子だったが、俺がぜいぜい言っているのが気になるらしく、最初は恐る恐る近づいてくる。ベッド脇に来てそいつの背の高さから俺と年が近い子供だったように思う。
何故か耳が尖っていて、その先は赤かった。
でもそれ以外は普通の人間だった。そして俺を覗き込んだ瞳はとても優しかった。
彼が手の平でそっと僕の額に触れるとそれはとても冷たくて、一瞬光ったような気がした。何故かその翌日体調もよくなり、熱が下がった。
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それにしても今日はやけに暑い。
俺はそれほど汗をかかない体質だったのに、最近度々体が火照り汗が首元を伝う。
最近こうした気温の変化を感じるようになってきた。
俺たちの住む地域は空調も制御できるように透明なドーム型の建物に収まっているはずなのに。調整装置が壊れているのか。
芝生の公園の木の陰で寝転びながら俺、羅姫アヤト(らひめ あやと)は時折タオルで汗を拭いながら、抜けるようなの雲一つない青空を仰ぎ見ていた。
隣で、同じように樹に背中を預けて涼んでいた宝田琉(たからだ りゅう)は澄ました顔でデジタルの本を眺めている。
時折前髪をかきあげながら長く綺麗な指先は迷うことなく画面に触れ、次のページを閲覧している。
ふと画面から目を離すと切れ長の瞳が俺を見下ろした。
「どうした?」
「……いや。最近やけに暑くないか?」
そう尋ねても琉はそうか? という顔で特にいつもと変わらない様子だった。
俺は汗を拭くために外した一番上のシャツのボタンを留めると、乱れた服装を整えた。
タオルを折りたたみ、もっていたカバンのポケットにしまう。
空気は正常だ。どこも濁った気配はない。
俺たちにとってこのクリーンな世界は当たり前の景色だ。
しかしそれが限られた地域のみだと気づかされたのは、過去にエリア外に行った時だった。
課外授業で琉と一緒に自分たちの住むサウスエリアからノースエリアに行った時のことだ。
そこは正直空気がここより汚れていると感じたし、建物や施設も簡素で面白みのないものだった。
なによりも雑然としていて、普段から部屋や周囲を綺麗に整えていないと気がすまない俺には、なんだか落ち着かないところだった。
町並みも雑多で、美しいというよりは少しでも安く作り上げ、むしろ最低限の機能があればいいというようだった。
俺たちみたいに個人用の医療アンドロイドなどはおらず、地域ブロックごとに一体のアンドロイドが数人を慌しく診るという環境だった。
たまたま産まれ落ちた場所が悪かったために、自分たちよりも劣った生活をしている。
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