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第7話

 ミレイアが仕事の話を持ち出すと、ラウはエリファレットに席を外すように言った。ミレイアはエリファレットを見て、にこりと笑う。 「ごめんなさい」 「いえ、大丈夫です。じゃぁ、僕は……」 「一人では出歩くなよ」  買い出しに行ってくる、とでも続けかけたエリファレットを、ラウが先回りして止める。  ラウと一緒にいた子どもだと、エリファレットの姿を覚えている者もいるだろう。何せ子どもが入り込むには場違いな酒場で、堂々とラウの唇を奪った子どもだ。印象深いに違いない。ラウのところにいる銀狼と、ラウの恋人と噂される子どもが結び付かないとも限らない。  エリファレットは一瞬耳を水平にし、それからわかりましたと頷いた。 「ラウを待ってます」  ラウと一緒なら問題ないのだ。話が終わるまで待つと、エリファレットは客間を出て行った。  耳が良い銀狼の気配が完全になくなるのを待って、ミレイアは耐えきれないと言うように笑った。 「幼妻みたいですね、ラウ……!」  ラウ・ファン・アスという人間をよく知るミレイアからすれば、新婚ごっこをするラウがひどく面白い。  ラウは顔をしかめ、冷たい青の瞳でミレイアを睨む。 「ふざけるのも大概にしろ」  エリファレットがいるのでおとなしくしていたが、いつまでも許されると思うなと凄めば、彼女はようやく笑みを治めた。 「失礼しました。とても珍しくて。それで、わざわざ彼を退出させたのは何故ですか?」  仕事の話だからと、エリファレットに聞かれて困ることはない。  ラウに合わせて殊勝に謝ってまで見せたのだ。きちんと説明してもらいましょうか、と冴え冴えとした笑顔が美しい。  ラウは軽く息をついて、本題を切り出した。 「銀狼の里について、何か知らないか?」  圧倒的大多数のヒト族の世界で、他種族が人知れず暮らす場所がある。その多くは他種族との交流を忌避し、秘匿されている。人との関わりを持つ個人ですら、自身の里の場所は明かさないと言う。  その場所を、他種族とも交流を持ち、情報に明るいミレイアなら知らないだろうか。  ミレイアは困惑気味に眉を寄せた。 「銀狼の里、ですか……聞いたことがありませんねぇ」  そもそも銀狼は数が少ない上に、世界中に分布している。そんな彼らが一つのところに集落を作っているだろうか。他の狼族ならともかく、銀狼に限ってはあるかどうかも疑わしい。 「そうか……」  あるいはと思っていたが、期待できない返事に声が沈む。 「探してどうするんです? あの子どもが探して欲しいと言ったわけではないでしょう?」  仮にエリファレットが望んでいるのなら、こうしてこそこそ話をする必要もない。それをわざわざ彼に席を外させたのだ。エリファレットに探していることを知られたくないのだろう。  ラウに何の思惑があって銀狼の里を探すのか。  問いかける菫色の瞳がひやりと冷たさを帯びる。  ラウは考えるように言葉を探した。  ミレイアは、エリファレットがラウに何を望んでいるか知らない。ラウはエリファレットを殺してやると約束はしたが、回避出来るなら回避が望ましいと思っている。  エリファレットの殺されたい理由を聞く気はないが、親に先立たれ傷ついているのかもしれない。仲間がいれば、無闇に殺されたいなどと言わないのではないか。  ラウにしてみれば、短絡的だが最善だろう解決策だった。だが殺してやると約束した手前、エリファレットの前で同族を探すのは憚られるのだ。 「親もいないと言うからな。俺のところより、早く同族のところへ行った方がいいだろう」  事情を語らずも正直に話したラウに、ミレイアは大きな瞳を丸くさせた。心底驚いている表情だ。 「どうしたんです? 氷雪の魔物に負わされた傷は腹だと聞きましたが、もしかして頭でしたか?」 「どう言う意味だ」  思うだけに留めたラウより、はっきり口に出して聞いてしまったミレイアの方がよっぽど失礼なことを考えている。  ラウが凄むも、ミレイアは悪びれることがない。 「そのままの意味ですよ。ラウが誰かの心配をするなんて……」  ラウ・ファン・アスと言えば、この界隈では指折りの手練だ。ミレイアが仲介することが多いこともあり、その報酬額も桁が違う。それ故か、ラウが誰かと組むことはほとんどない。実力差を考えれば、組みたがらない者も多い。だがミレイアに言わせれば、ラウは圧倒的に語彙力と対人スキルが低いのだ。そもそもこの男は、他者に興味を抱くことがない。  その男が、たかが懐かれただけの狼に対し、あるかどうかも定かではない銀狼の里を探そうとしている。親がいないから、仲間を見つけて帰る場所を作ってやろうと言うのだ。  ラウを知る者がいれば、ミレイアでなくとも頭をどうかしたのかと思うだろう。  言いたい放題のミレイアに、ラウは嫌な顔をして息をつく。  確かに面倒には違いない。だがまだ少年と言っていい年の子どもだ。請われたからと言って、易々と斬り捨てられるほどラウは非情でも酷薄でもない。加えてラウは、毒を中和する以外でもエリファレットの世話になっている。数日でも一緒に過ごせば、情も移るものだ。情が移れば、あの曇りなき透き通る瞳がより美しく貴重なものだと思える。 「知らないのならいい」  もとより簡単に見つかるとも思っていない。ただミレイアが知らないとなると、探し出すのはなかなかに骨が折れるだろう。  思いの外ラウの柳眉は険しく寄せられ、眼光が鋭く光る。  冴え冴えとした冷たさを纏うラウを見て、ミレイアが少し呆れた表情を浮かべた。 「そうですね、詳しい方に聞いてみてはいかがです?」 「……詳しい方……?」  誰だ、と思いつかないラウが首を傾げる。 「えぇ、いらっしゃるでしょう? あらゆることに詳しい方が」  含みを持たせた笑みと言葉に、誰を指し示すのか理解したラウは、瞬時に微妙な表情を刻んだ。 「……簡単に行ける場所じゃないだろう……」  言い澱むような声音に、ミレイアが極上の笑顔を浮かべる。 「あら、ラウならいつでも大丈夫なのでは?」  にこにこと圧さえ増したミレイアに、ラウが苦虫を潰したような表情を浮かべて口を閉じる。ミレイアはラウの顔に満足したように笑い、畳み掛けた。 「ついでに尋ねてみてはいかがですか?」  花も恥じらうほどの美しい笑みに、ラウがさっと顔色を変えた。  彼女はラウに、仕事の話をしに来たのだ。 「まさか……?」  察しのいいラウに、ミレイアが会心の笑みのまま頷いた。 「えぇ、貴方にお願いしたいのは、ディノクルーガーの森で蟲退治です」

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