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第6話
ミレイアと名乗った女性は、自らを仲介屋と称した。
「仲介屋、ですか……?」
今更だが耳も尻尾もしまったエリファレットが、聞き慣れない単語に首を傾げる。
客間へ通され、お茶まで淹れられ遇されたミレイアは、エリファレットに美しい笑みを浮かべる。
「依頼人と請負人を繋ぐ仕事ですよ」
依頼人から仕事内容を聞き、それに則した最適で有能な人材を選定して依頼する。そういう仕事だ。
「それで仲介料をぼったくっている」
丁寧にわかりやすく説明したミレイアの向かいで、ラウの低い声がぼそりと追記される。
ミレイアは優美に笑みを浮かべたまま、ラウを一瞥する。
「人聞きが悪いですよ、ラウ。私は良心的ですよ、まだ」
にっこりと花のように微笑むミレイアに、ラウは閉口する。
ミレイア・トイフェルと言えば、この界隈では知らぬ者はいない仲介屋だ。小柄で華奢、少女のように愛らしい顔立ちながら、その手腕は誰からも一目置かれる。彼女は依頼人の要望に合った人材を、まるで誂えたように用意する。最適で最高な結果を約束する。
方々に顔が効いて情報に明るい彼女からの依頼は、時に他種族からも持ち込まれる。特殊性と経験値、冒険者としての好奇心、それらを刺激され、彼女からの仕事を手ぐすね引いて待っている者は多い。だが彼女から仕事を請け負えるのは、腕に覚えがある者の中でもごく僅かだ。
彼女からの仕事を請け負ってこそ、一流であると言われるほど手練れしか起用されない。それは彼女が持ってくる仕事が法外だからだ。報酬においても、危険度においても。
時に危険度が報酬を上回ることもあり、一度で懲りて彼女の仕事を嫌がる者もいる。
ラウからすれば、どれだけ可憐で愛くるしくとも、彼女ほど良心的と言うセリフが似合わない人物もいない。
ミレイアの笑みが、ラウを見てより一層深くなる。
「何か失礼なこと考えてませんか?」
表情を一切崩さず、無表情を装っていても女性というものは鋭い。ラウの物言いたげな視線一つで全てを見抜いてしまう。
ラウは無言で首を振って否定して、誤魔化すようにエリファレットが淹れたお茶を啜る。
客用のカップなどと、ラウの家にそんな気に効いた物などなかったはずだ。だがミレイアの前には繊細で愛らしい薄口のカップがある。彼女は細くしなやかな指でカップを持ち上げると、それで、とラウに説明を求めてきた。
情報に明るい彼女が、『噂は事実だった』と言うくらいだ。ラウが銀狼をそばに置いていると言うことは、多く知れ渡っているのだろう。
ラウはエリファレットを一瞥し、事の次第を説明した。だがそれは、『氷雪の魔物を倒した折に助けたので、礼を言いに来た』と、上っ面を掬っただけの簡素な説明だった。
ミレイアがほうっと息をつき、白桃にも似た頬にそっと手を添えた。
「どうしてお礼なんて言おうと思ったんですか?」
菫色の瞳が憐みの色を浮かべてエリファレットに注がれる。
エリファレットは動揺し、答えを探すように視線を彷徨わせる。ラウが伏せた『殺してほしい』事実を、エリファレットが話すわけにはいかない。
「え……っ……あ……え……と……」
「どうせ助けようと思って助けたわけではないんですから、運が良かったな、って知らない顔をしておけば良かったんですよ」
「おい」
諭すように語るミレイアに、ラウが思わず声を上げる。
その通りだが、それはラウが言うセリフであって、ミレイアが言うセリフではない。
「僕が、お礼をしたかったので……」
「まぁ、義理堅いですね」
チラリと菫色が物言いたげにラウに視線を送る。返す義理など本当にあるのだろうか、と眼差しが冷ややかだ。
追い返して然るべきだと言う彼女の言いたいこともわかる。だが例え返す義理がなくとも、エリファレットにはラウを訪ねる理由がある。ラウは追い返すことを諦めた身だ。
ミレイアが憂いげにエリファレットを映す。
「でも銀狼は噂になっていますからね。気を付けてくださいね」
銀狼の噂は広がっている。ヒト型のエリファレットを見てすぐに銀狼に結び付ける者はいないだろうが、ラウと一緒にいる姿を覚えている者もいるだろう。警戒はしておいた方がいい。
ミレイアの忠告に、エリファレットは神妙に頷く。外で狼の姿をしてはいけないと、改めて身に刻んだようだ。
素直で可愛らしいエリファレットの反応を見て、ミレイアがにっこりと笑みを深くする。
上品で可憐な花がひっそりと咲き誇るような笑みに、嫌な予感を覚えたラウが顔をしかめる。
「噂と言えば、ラウに恋人が出来たというものもありましたね。先日、買い物デートを楽しまれたとか」
楽しくも意地悪く響いた鈴の音に、ラウが苦虫を潰したような顔をする。
エリファレットは透き通る翠の目を瞬き、無邪気にラウに顔を向けた。
「そうなんですか?」
こてりと首を傾げた子どもに、ミレイアがぱちりと瞬きして、ラウは深く溜め息をついた。
「貴方のことですよ、エリファレット」
「びゃっ!?」
指摘にエリファレットは飛び上がって驚き、その拍子に耳と尻尾がピンっと現れる。
「まぁ、可愛らしい!」
モフっと現れた耳と尻尾に、ミレイアは頬を染めて歓喜の声を上げた。
「触ってもいいですか?」
菫色の瞳をキラキラと少女のように輝かせ、ミレイアが手を伸ばす。エリファレットは驚愕で固まり、彼女の問いかけも伸びてくる手もわかっていない。
ラウは一つ溜め息を落とした。
「ミレイア、仕事の話をしに来たんじゃないのか?」
エリファレットの銀の被毛に触れる寸前、ラウの冷ややかな声にミレイアは手を止めた。
「そうでした。ラウに仕事を持ってきたんです」
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