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第19話

 ディノクルーガーの森には聖樹と呼ばれる大樹がいくつかある。天より降りし神が、始まりの種族として最初に足を着けた時に植えられたと言われ、いにしえより生きている神木である。かの樹が作り出す神気により森は守られ、森の精霊族である彼らは生きていける。  聖樹は世界各地に点在し、それは始まりの種族が辿った痕跡でもあった。世界で最も古い一族の一つである精霊族は、それを守る責務があった。だが聖樹には害獣がいる。それが蟲だ。いつ発生し、どう発生するかもわからない生き物だ。天界より間違って落とされた禍つものであるとも、始まりの種族がもたらした厄災の一つともされる。ヤツらはいくつもの体節に付属肢を生やし、聖樹を食い破る。  質が悪いのは、それら蟲の退治を聖樹を守るべき精霊族が出来ないということだった。 「どうして出来ないんですか?」  アルベルティーナの屋敷へと案内されがてら語られた内容に、エリファレットは首を傾げる。  ディノクルーガーの森に入った途端現れた耳が興味深げに立ち、尻尾がゆったりと揺れる。 「蟲が出す羽音が我ら森の民には毒なのじゃ」  始終羽を震わせる蟲が出す音は、他の種族には聞こえない音域にまで達している。精霊族はその音域を、聴覚ではなく精神で拾う。言語を持たない種族との交流も時には止むを得ない古き種族だ。高音域で繰り広げられる羽音を、精霊族は無意識にも拾ってしまう。  蟲は太古から存在しているが、他種族と意思の疎通を図ろうとは思っていない。ただ本能の赴くままに、聖樹を食い荒らす信号を発し続けている。  その羽音は、精霊族の精神を壊す。蟲を退治したいが、近付くことがすでに困難なのだ。 「だからヒト族であるラウに依頼しておる。今回もよろしく頼むぞ」  聖樹が食われて枯れ果ててしまえば、ディノクルーガーの森は死ぬ。必然的に彼ら森の民も命を落とすこととなり、やがてそれは世界にまで至る。  それを阻止するための大切な仕事だ。 「僕もお手伝いします」  やがて世界にまで至ると言われてしまえば、エリファレットも黙っていられない。もとより、ラウの変調に対処するためにエリファレットはいるのだ。一緒に行かないと言う選択肢はない。  足手まといになる不安もなく宣言すると、アルベルティーナが花の顔を少し困ったように曇らせた。 「エリファはやめておけ」  まさか止められると思っていなかったエリファレットは、驚いて目を瞬く。耳が垂れて尻尾が下がる。 「何故ですか?」  しゅんとしてしまったエリファレットに、アルベルティーナが鼻を突く。 「狼族は我らほど耳は良くなくとも、鼻が効くであろう? 奴らの体臭は心を誑かす。エリファは妾と留守番じゃ」  アルベルティーナにそう諭されてしまえば、エリファレットは反論する術を持たない。ラウと一緒に行きたいのは山々だが、折れるしかない。  不満にも不安にも見えたのか、ラウがエリファレットの頭をひと撫でする。 「一度様子を見に行くだけだ。すぐ戻る」  今の状況を確認するだけで、すぐに蟲退治に取り掛かるわけではない。すぐに帰ってくると言う言葉に、エリファレットは渋々頷いてラウを見送った。

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