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外伝 花精の甘露4
日が落ちた頃、ラウとエリファレットは外に出た。アルセイーの花祭りは夜も続く。
夜の明かりは発光する花が灯され、花の匂いがする水が撒かれる。人々はその花を手や首、足に巻いて水を撒き、掛け合い、踊り明かすのだ。花の精霊が賑やかなことが好きだから、笑って楽しんで、踊る。
ラウとエリファレットもほわりと灯が灯る花を持ち、通りを歩く。エリファレットはフードの中で、ピンと立った耳を前後に動かしてきょろきょろと辺りを見回す。
「……祭りに来るのは初めてか?」
透明で透き通る翠の目に、物珍しさと好奇心がいっぱいに浮かんでいて、ラウは片頬を緩めながら隣に問いかける。
エリファレットはピルルっと耳を動かして、ラウに破顔した。
「はい! お祭りに来たのは初めてです!」
活気と熱気に満ちて、空気が賑やかで華やか。その空気に浮かされたように、みんなが笑って楽しんでさらに空気が沸き立つ。街中の雰囲気が浮き足立って、心もふわふわと心地いい。
昼は太陽の下でキラキラと健全な輝きを持っていたのに、日が暮れるとどこか妖しさを纏って、その妖しさがまた人を誘う。
昼と夜とでこんなに雰囲気が違うところがとても面白く素敵だ。
エリファレットの両手首には淡く光を灯す花が咲いている。宿を出る時に、店主がくれたものだ。この時期花祭りの客は多い。どこの宿屋でも、夜の花祭り用に灯花を用意して配っている。
手を振って歩くたびに、ふわりと灯花の匂いが鼻腔をくすぐる。ディノクルーガーの森で嗅いだ凄烈な花の香りには遠く及ばないが、かすかに香る匂いはふわふわと心を浮き立たせる。
「楽しいですね、ラウ!」
暖かな光とともに甘やかな芳香を放つ手首の花を見て、ラウに顔を上げる。
だがそこに、いるはずのラウの姿はなかった。
エリファレットは翠の目を大きくさせ、ピクピクと耳を動かした。思わず後ろを振り返って、ラウの姿を探す。
「……」
街は変わらず喧騒に包まれ、祭りの活気と熱気に満ちている。大通りを行く人たちは灯花を思い思いの場所に咲かせ、エリファレットを追い越して歩いている。
エリファレットは振り返るのをやめ、人並みに沿うように歩き出す。ふわりといたずらに舞った一陣の風がエリファレットのフードをはためかせ、銀の被毛に覆われた両耳が露わになる。
エリファレットは気にすることなく両耳を立てて、銀の毛束をゆるく揺らしながら人並みに続く。
ここはもう、ヒトが入るべき領域にない。許された者にしか道を開かない場所に来たのだ。
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