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外伝 花精の甘露5
エリファレットはきょろりと辺りを見回す。エリファレットのように人と獣の姿を取る者、獣そのもの姿の者、ヒトと見紛う姿の者、様々な者たちが歩いて一箇所を目指している。
彼らの手には、頭ほどの大きさの蕾がある。それが目印のように白く光って、道々を照らしている。
エリファレットが持っている灯花とは、輝きが根本的に違うものだ。
あの灯がいる。
エリファレットは瞬時に悟った。皆が提げるそれがどこかにあるのだかろうか。
きょろきょろと不審に辺りを見回すと、一人の竜人と目が合った。
金の瞳に縦の瞳孔。ギョロリと見る瞳に瞼はなく、薄い被膜が瞬きのたびに現れる。青銅色の鱗が冷たく硬い印象を与える。
一瞬ビクリと身を竦めエリファレットだったが、竜人はその外見からは想像もつかないほど陽気に声をかけてきた。
「なんだ、お前。盃はまだ貰ってねぇのか? それはヒト用の灯りだぜ。盃がねぇと、甘露は貰えねぇぞ」
青銅色の鱗で覆われて表情こそ変わらないが、彼はエリファレットを気にかけてくれているようだ。
エリファレットは立ち止まり、こてりと首を傾げた。
「あ、えっと……どこに行けば、その盃は貰えますか?」
親切な竜人はエリファレットの歩に合わせて自分も足を止め、からりと笑った。
「何言ってる、そこら中で配ってるだろう?」
酔っ払いのようにケタケタと笑って、竜人は辺りをゴツゴツと鱗に覆われた手で指差した。
地面から、ふわりと蔦が伸びて瞬く間に成長して蕾をつけた。それを通りすがりの豹が手折って咥えていく。蔦は蕾を手折られた瞬間に溶けるように消え、また違う場所から蔦が伸びて蕾を付ける。
エリファレットはくるりと目を瞬き、竜人を振り返った。
「えっと……取って、いいんですよね?」
手折られた側から消えていく蔦に寂しげに視線を送り、確認する。これがないと甘露が貰えないと言うのならば、エリファレットは奪い取ってでも入手せねばならない。ただ手折るだけでいいのなら、これ以上楽なことはない。
竜人はケラケラと笑いながら、鷹揚に頷いた。
「あぁ、いいぞ。好きなだけ持っていけ! ただしそこに甘露が含まれるかどうかは、花精の気分次第だがな!」
「気分次第、なんですか? 貰えないこともあるんですか?」
トテトテと歩きながら、同じように歩き出した竜人に尋ねる。
続く道は一本で、蕾の明かりは先へ先へと長く続いている。この明かりすべてが、花精の甘露を求めてやってきた長い行列なのだ。
「花精は気まぐれだからなぁ。全く貰えねぇってことはないらしいが、ひとくち含めば終わりってヤツもいるらしいからなぁ」
百年待ってたった一口しか含めないとは、なんとも酷な話だよな、と言いながらも竜人の口調に悲壮さはない。そもそも甘露を含めることが特別であるのだ。
蕾の明かりは、その甘露を受け止める器だ。そこにどれだけ含まれて帰れるかは、花精の前に行くまでわからない。だから皆、より大きな蕾を求めて手折っていく。
エリファレットはちょうど伸びてきた蔦から蕾を手折り、前にかざした。
白く透き通る、繭のような蕾だった。匂いはなく、まだまだ咲く様子もなく蕾は硬い。ただ淡く光る様は美しく、日が暮れてすっかり暗くなった夜道を照らす。
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