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俺の世界★
気が付いたら、真っ暗闇の中にいた。
見渡してももちろん何も見えない。どこまでも、夜の闇のような黒が広がっているだけ。その黒が自分の体に徐々に纏わり付くような感覚がする。なのに、不思議と不快ではない。
しばらくその感覚に身を委ねる。
微かに何かが聞こえた気がした。目を瞑り、その音に耳を澄ませる。
とくっ、と波打つような音が規則的にどこからか流れてくる。心地よい音だった。いつまでも聞いていたくなるような、優しい、温かな音。
「それ、ヒロの心臓の音」
急に暗闇の中から声が聞こえ、大貴 ははっとして目を開けた。声のした方に目を凝らすと、遠くから、誰かがゆっくりとこちらに向かって歩いてくるのが分かった。音も立てず、滑るように軽快に歩いてくる。
浮かび上がるかのように現れたその人物を見て、大貴は一瞬息を止めた。
「有 ……?」
静かに笑ってこちらを見つめているのは、確かに有だった。薄茶色に染めた髪。二重の大きな瞳。健康的な色をした肌。シンプルな無地の白いTシャツとジーンズ。だが、なぜか靴は履いておらず、裸足だった。
「なんで裸足なの?」
思わずそう尋ねると、有はふっと笑って口を開いた。
「ヒロだって裸足じゃん」
そう言われて自分の足元を見る。何も履いていなかった。ついでのように自分の服装を確かめると、なぜかパジャマを着ていた。
「ここ、どこ?」
大貴はとりあえず思った疑問を現れた有にぶつける。
「ヒロの作った世界」
「え……?」
「ヒロが望んで自分の中に作った別の世界」
「それって……夢の中ってこと?」
「今はそうかもね」
「……どういう意味?」
「どっちが現実で、どっちが夢なのかは、ヒロが決めたらいい」
突き放すように答える有に、苛立ちを覚えた。
「大体、これが俺の夢かなんかなら、なんでお前がいるんだよ」
そう言って有を睨むと、有は可笑しそうに笑い出した。その笑い方は、有であって有ではなかった。微かに感じる違和感。こいつは自分の知っている有だろうか。
「……お前、誰だ」
警戒しつつ有を睨み付ける。そんな大貴を相変わらず愉快そうに眺めて、有が答えた。
「俺は有だって」
「お前は有じゃない」
「そうだって。お前が望んだから生まれたの」
「……何言ってんの?」
「言ったじゃん。この世界はお前が創った世界だって。お前が望んだもんが全部手に入る。有はお前が一番に手に入れたかったもんだろ? だから俺は生まれたんだよ」
目の前の有に、あっさりと長年秘め続けてきた大貴の恋慕の情を指摘され、狼狽する。
「そんなわけないだろっ」
「嘘ついたってしょーがないよ、大貴さん。俺はお前の中から生まれたんだから。何でもお見通し。隠す意味がない」
「…………」
そう言うと、有は迷うことなく大貴に近付いてきた。そのまま大貴の首に腕を回すと、大貴に唇を重ねる。
「ちょっ……」
大貴の抗議の言葉は有の口内へと吸い込まれていった。ぬるっ、と有の舌が大貴の口内へと侵入してくる。
なぜだろう。もしこいつがただの創造物ならば、人形と一緒で熱など持っていないと勝手に思っていた。しかし、予想に反して大貴の舌を絡め取るその有の舌は熱を持っていた。生身の人間のように、息遣いが徐々に荒々しくなっていく。
こうして。有とキスをすることを何度想像しただろう。お互い求め合って。お互い想い合って。
大貴は抵抗していた気持ちをあっさりと捨てた。逆に夢ならば。好き勝手したところで、誰にも、現実の有にも迷惑をかけることなどない。
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