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第49話
数年後、警察からの連絡が来た。
彼女は見事に逃げ切っていた。
もう警察が捕まらないところにいた。
病死だったと聞かされた。
身分を偽り、死ぬまでの日々、彼女はしっかり生きていた。
人気モノだったという。
腕の良い職人だった、らしい。
濃い化粧で病的にやつれていた彼女とは結びつけるのも難しい、現場で働く職人になっていたのには驚いた。
でも、元々はバスケ部の部長までしていた少女だったのだ。
みんな彼女に夢中だった、そう聞いた。
彼女の周りにいる人達は、皆、彼女を愛した。
男も女も、誰も彼も、彼女が大好きだったと。
それは間違いなく、風のようだった爽やかなあの少女が大人になった姿だった。
リクに連絡がきたのは、彼女が死ぬ前に残した手紙のせいだった。
彼女はそこに自分の正体と、リクの連絡先を書いていたのだ。
そして、駆けつけたリクが見たもの。
それは母親の死をまだ理解できない幼い幼児だった。
その子は。
彼女よりリクに似ていた。
「もうすぐ死ぬの。死なないなら、あなたに渡したりなんかしない。でも、死ぬから。仕方ない」
彼女は残念そうに手紙を書いていた。
「あなたはあなたをあたしにくれなかったけど、あたしはあなた以上のモノをあなたから手に入れた。あたしは幸せだった。キチンとあの人達に責任をとらせてやったし、何よりも素晴らしいモノを手に入れた。あの子や。リク、あんたより私は楽しく生きた。色々やってのけたんだから。臆病者のあんた達とは違って」
確かに。
原因となった人達を断罪することさえ出来ないリク達より、彼女は自由だった。
「この子は話さないの。あなたと同じで。でも、素晴らしい子。優しい子、大切な子。あたしの全て。あなたに仕方ないから渡すから、絶対に幸せにして」
そう手紙には書いてあった。
リクは父親だった。
それは誰からみても明白だった。
母親の死がわからず泣く、まだ幼い子をリクは抱き上げた。
リクも言葉がなく。
子どもにも言葉はなかった。
でも、構わなかった。
リクと共にきた恋人はただ呆然としていた。
でも。
子供がいるべき場所はどこなのか、恋人にもわかっていた。
恋人は子供の髪を撫でた。
愛する女で姉の、忘れ形見。
そして、リクの子供であるその女の子を。
「幸せに、する」
恋人が言った。
リクも頷いた。
泣き疲れた子供はリクの腕の中で眠っていた。
子供を連れ帰った家に、ソラが来ていた。
ソラは大学生になり、今は家を出ている。
でも、ソラにとって実家とは両親が転々と暮らす場所ではなく、兄と恋人と住んだこの家なのだ。
言葉少ない説明にソラは目を剥いた。
彼女とリクの子供。
どういう意味なのか全くソラにはわからなかったし、彼女が死んだというのも、飲み込みにくかったのだ。
ソファに寝かせていた子供が目覚め、また泣き始めた。
近くにいたソラが、子供を抱き上げた。
あまりにも自然に。
そして、子供もあまりにも自然に言葉を口にした。
彼女にも生まれてから一度も話すこともなかった子供が、ソラに話しかけたのだ。
「ママがいないの・・・」
幼女はソラに訴えた。
「そう・・・悲しいね。でもオレがいてあげる」
ソラの声は優しかった。
リクは口をぽかんと開けたままだ。
生まれてから一度も声を出さなかった子供。
でも、それは。
ソラが生まれるまでのリクと同じだったと気付いて、リクは微笑んだ。
ソラとこの子には特別な絆がある。
自分とソラにあるような。
彼女と恋人にもあったような。
でも。
それは今度は歪められることはない。
もう、ここには裏切りも嘘もないから。
恋人も切なそうにソラと子供を見つめた。
歪みさえしなければ、今でも恋人と彼女は離れることなどなかったのだ。
リクとは違う形で結びついていられたのに。
姉と弟として。
リクは恋人の側によりそう。
恋人はリクの肩を抱く。
彼女の願いをリクも恋人も叶えるために努力するだろう。
この子を幸せに。
それはリクと恋人にとっても願いであるから。
END
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