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第2話

 放課後、1キロと離れていない寮に帰った。寮の部屋で勉強することは表向き禁止されている。  勉強時間はキチンと定められてはいる、進学校らしく。  ただその時間は寮の自習室で勉強する。そのために各自の本棚までもが用意されている。私室には飾り程度の机とクローゼット、そしてベッドがあるだけだ。  自室には明かりが灯されており、「ああ、今日からは同居人が居るのだな」と実感する。荷物の整理を頼まれることになるだろう。――実際、寮長の依頼があり、本日の千秋は自習室には行かず、荷物の整理を手伝うように言われていた――。  ウンザリしていたのだが、扉を開けると、浅田雅浩は千秋が使っていなかったほうのベッドを中心に綺麗に荷物の整理を済ませていた。 「改めて自己紹介を。級長をしている中西千秋だ。何か分からないことがあったら何でも聞いてくれ。力になるから」 「浅田雅浩だ。宜しく。寮生活は初めてなので色々分からないことがあると思う。何でも力になってくれるとは有り難い」  そう言って唇を弛めると彼の近付きがたい印象は消える。その笑顔は屈託がなく、とても魅力的だと不意に思った。この際だから質問を…と思った。 「なあ、関西トップのN高校から何故ウチに転入してきたんだ?」 「ああ、それは皆に聞かれたよ。N高校はいい学校だった。が、何せ都会にあるだろう?あまり都会は好きじゃない。それだけの理由だ。それにイイことも有った。千秋と知り合えた」  許可を取らずに苗字ではなく名前を呼び捨てにされたのは初めてだった。いつもの千秋なら考えられないことだが、何故かすんなりとその呼称を受け入れてしまった。  意趣返しというわけではないが、千秋も自然と名前で呼ぶ。 「何故オレと知り合えて良かったと思うんだ?雅浩」 「知的でクールな美女は俺好み…」  その言葉と共に腰に手を回される。立って喋っていたのが裏目に出た。ピシリと払いのけながら、冗談だと思い込もうとした。というのは、ウエストラインを触られた時、背筋を這い上る快感めいたものを感じたからだ。そんなことは初めてだった。ここは男子校だ。冗談で身体を触る人間は多い。千秋もウエストを触られたことも初めてはない。  それなのに…。 「学校には慣れたか?」  敢えて平静を装って聞いた。 「ああ、皆親切だし。同室者は好みだし」 ――懲りないヤツめ――と思った。  目を細め、キツい表情で言い渡す。他の人間ならば、この眼差しを見た瞬間接触を止める。まるで高圧電流でも流されたかのように。 「オレは冗談が嫌いだ」 「冗談なんかじゃない」  予想外な言葉に目を見開く。すると、雅浩は心から嬉しそうな笑みを零した。 「千秋は、そんな目をしていた方がもっと綺麗だ。いつも半分くらいしか開かないだろう?あれはあれで冷たい感じがして良いものだが…」  その言葉を耳元で囁かれ、全身に鳥肌が立つ。寒いわけでは決してなく。彼の声には魔力が有るのではないかと真剣に思った。何か他のことに気を回さなければ下半身もマズい。殺風景な壁に掛かった時計が目に入った。 「……食事の時間だ。食堂に案内する」  上擦りそうな声を制御して普通の声で言い切った。 「千秋は俺よりも食事を優先するんだな」  からかうような声だった。 「当たり前だろ。『腹が減っては戦は出来ぬ』と言うじゃないか」  一般論を言った積りだった。しかし、雅浩はそうは取らなかった(か、そのフリをした)のか、耳元で囁く。 「では、食事が終わったら付き合ってくれるんだな?」  そのあまりの言葉に、急ぎ足でドアに向かった。かつてこれほどまでに露骨な誘いは受けたことがなかった怒りのあまり、ドアを思いっきり閉めた。どうせ、夕食前も自習時間で両隣の部屋には誰も居ないことは分かっている。背後で慌ててドアが開く。 「食堂のありかも知らない転入生を置いてきぼりにするつもりか?薄情なヤツだな」  普通の声で追って来る。 ――懲りてない、全く懲りてない――。  そう怒りに震えながらも、心の隅では「あの」声をもっと聞きたいと思っている自分に愕然とした。  食事・入浴の時間は定められている。しかし、食事はともかく入浴は寮の各室に設置されているシャワーだけで済ます者も多い。  栄養バランスは受験生に相応しく入念な注意が払われてはいるが、味つけは大雑把な食事を済ませて、入浴時間となった。  ちなみにこの寮では自由時間はこれだけで、後は自習室にカンヅメで勉強させられる。当然、千秋にも、雅浩にも違った意味で各々の輪が出来る。  千秋の場合は熱っぽい眼差しの男子生徒が何くれとなく話しかけてきている。そう遠くないところに雅浩の輪があったので、会話の断片は耳に入ってきた。いや、入れようとしている自分がいた。そちらの輪は「N校ではどんな学習法をしていたのか?」や、「○○と同じ塾で、そいつはN校に行ったのだがどうしているだろうか?」などだった。  そこに学校と同じようにチャイムが鳴る。自習室に戻れという合図だ。千秋も当然そちらに行こうとしたのだが、雅浩に止められた。何故か不機嫌そうに。 「まだ荷物の整理が終ってないのに、置いていくのか?」 「終っているだろ?」と言いたかったが、彼の口調には魔力でもあるのか。 「ああ、そうだった」  そう言って肩を並べて居住エリアに向かう。並んで歩くと話しかけるときは上を向かないといけないくらい彼の背が高いことに気付く。他の寮生と違った方向に歩いて行くからか?それとも他に理由があるのか、心臓が高鳴っていた。

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