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第35話

「ところで、聞きたいことがあったんですけど」  水上は花下と誓いのキスをした後に、アイスを食べながら、話を切り出す。 「何だー?」  花下もアイスを口にしながら、水上の話に耳を傾ける。  花下には水上が聞きたいことは予想がつく。それは何故、このタイミングで水上の前に現れたか、だ。いくら、水上が旧寮の談話室へ来なくなったとは言え、水上の教室へ押しかけるぐらい花下としては訳なかった筈だ。それが面倒なら、花下が卒業する日に、水上を探しても良かった。  だが、花下はそうはしなかった。 「(水上が望むならあの時は身を引こうとしてたんだ)」  花下は思うと、ちらりと水上の薬指に嵌めてやった指輪を見る。花下から見ると、日本人の祖母とオーストリア人の祖父は国際結婚をしていることになる訳だが、その道は決してなだらかというものではなかった。何度なく、お互いがお互いの為に身を引き、一生分くらい悩みながらも一緒になり、夫婦になっていったという。  だからこそ、今日、花下夏月はここにいる。  そして、水上信海を思って、旧寮の取り壊し式典の案内状の出欠を返さずに、来日したのだ。 「(それか、そんな俺に対して、水上はもう既に俺のことを忘れていて、彼女でもいたらどうするつもりだったのか? とか? 僕、彼女いるんでって?)」  旧寮の取り壊し式典の案内状は花下が昔、住んでいた場所の住所へ行ったりして、当の花下の手元に届いたのは1週間を切ってからだった。その時は夢中で、飛行機の搭乗の手配やら授業の埋め合わせやらをしていたが、冷静になり考えれば、これ以上、間抜けな話もない。 「(気合入れて、アナも綺麗にしたし、な。でも、そんときゃ、そん時だったし、多分、別れさせてでも、水上を手に入れた気がする)」  本当にそうならなくて良かったと花下は安堵すると、水上の口は動いた。 「旧寮の談話室でデザイン画を描いていたのってどうしてなんですか?」 「え?」 「あっ、談話室から花下さんの部屋って近いじゃないですか? クーラーもわざわざ運ばなくて良いし、先生とか誰かに見つかるリスクとか考えたら、部屋で描いていた方が色んな意味で、安全な気がするんですけど……」  水上の声がどんどん搾んでいくように窄んでいく。それに対して、花下は蕾が開いていくような感覚がした。 「(もっと聞くこと、ありそうなものだが……)」  おそらく、水上にとっては花下が2年前に身を引こうとしていたことや、水上のいもしない恋人の存在を案じていたことなどは思いつかないことだし、花下と分かり合えた今では意味をなさないことなのだろう。  花下は笑うと、水上の肩を叩く。 「それは、な……」  花下の唇が動くと、また花下と水上はキスをする。  水上と花下の空白だった2年間を埋めようとするように。

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